余話 2  炸裂する波頭の海

 

south atlantic big waveこの回では、大荒れの海の体験をお伝えしたいと思いました。

海が最高に荒れ、波が恐ろしく高いと思ったことは、経験あるヨット乗りなら誰でも覚えがあるでしょう。

その荒海に盛り上がる大波に向け、カメラのシャッターを切ったことも、決して珍しくないはずです。

でも、出来上がった写真を見て、「なんだこの平らな海は。あれほど大波だったのにっ」と残念がったことは少なくないに違いありません。<青海>が世界周航中に撮った写真も、ほとんどがそうでした。

でも、このときは違ったのです。南米大陸東岸の浅い南大西洋で、嵐が4日以上も吹き続き、陸上では多くの家が倒壊したのです。やっとの思いで港に着いても、体が吹き飛びそうで、地面を歩くのさえ困難でした。そんな嵐の中で撮影したのが今回の写真です。それにしても、崩れる波を撮るのはタイミングが難しいですね。

この回の末尾、Critical Advice for Sailorsに、「安全のため留意すべきは波の高低ではない。密度が空気(風)の800倍を超す水(波)の破壊力である」と書きましたが、それは今年3月に起きた東日本大震災の津波被害を見れば明らかです。

しかも、自分自身で実際に体験するまでは、ヨットに崩れる波の威力を実感するのは困難でしょう。そして体験したとき、もう手遅れなのです。 

万一の大嵐に備え、自分のヨットの弱点を探し、各部の強度を確かめ、不安なカ所は補強する必要があるでしょう。乗組員の命を守るため、日常からの努力と決断が大切かもしれません。

世界一周航海の間、<青海>は波を受けて少なくとも3度転覆していますが、ときには航行不能に近い被害も受けました。

デッキに置いたウインチハンドルやシーナイフや釣り道具は、もちろん流失しないわけがありません。ウィンドベーン(風力自動操舵装置)の羽根はなくなり、水中翼は根本から折れていました。ハンマーでたたいても絶対に壊れないと米国で宣伝されていた上陸用ポリプロピレン製折りたたみボートも、引きちぎられたように破壊されていたのです。

そして一番被害甚大で悲しかったのは、マストを折ったことでした。実はそれまで、「マストを折るのは乗り手がバカだからだ」と思っていたのです。

いったい、マストはどのような際に折れるのでしょう? まず考えられるのは、マストを固定するワイヤもしくはそれを留める金具が壊れた場合です。支えを失ったマストは、風をはらんだ帆の力や、マストをたたく水の力で、簡単に折れてしまいます。

そのような事故を未然に防ぐため、出発前にワイヤ、ワイヤを締めるターンバックル、それらを船体に取り付ける金具類の強度計算を行い、不安な部品は交換し、さらに定期的に染料とルーペで亀裂の有無を点検していたのです。ワイヤさえ切れなければマストは折れないと、思い込んでいたからです。

しかし、それは全くの楽観でした。<青海>が転覆してマストが折れた後も、全てのワイヤが間違いなく船体につながっていたのです。それでもマストが折れるとは、なんという水の破壊力でしょう。

<青海>のマストは、デッキを貫通しないオンデッキマストですから、マストは船室の天井の上に載り、船室内にはマストの荷重を支えるステンレス製の柱があります。その柱までグニャリと曲がっていたのです。マストが折れたとき、どれほどの圧縮力を受けたのでしょう。もう少しで船室の天井が陥没して破壊され、大量の海水が入って沈没していたかもしれません。

南米ウルグアイの港で、ハンガリー人の単独航海者と会いました。彼は、EPIRB(非常用位置指示無線標識装置)をどうしても欲しいと言うのです。それに対し、
「非常時には救助を頼むという安易な気持ちで、航海に出るべきではない」と反論したのですが、彼は最後にポツリと語りました。 

「でも、本当にそうなったとき、持っていなかったことを後悔するはずだ」

 陸の動物である人間にとって、海の上は別世界であり、直感や想像力の働きにくい世界でもあります。何が起こるか分からない以上、物資に限らず知識や技術面でも、十分過ぎるほどの準備を心がけなくてはなりません。

Bluewater Story 第2回本文も、ぜひお読みください。

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