物々交換の村

-- これは実話です --

1・エデンの港 2・日本人なら直してくれ 3・まさかこんなカニを

1・エデンの港



満足な道もない、寒い最果ての村だった。 

 南北千五百キロ以上も続く、南米パタゴニアの多島海。その中ほどに位置するウェリントン島が、プエルト(港)・エデンの所在地だ。あたり一帯の海面には、険しい岩山の無人島が見上げるばかりにそびえて並び、人影も家畜も建物も、ぞっとするほど何もない。一番近い町でさえ、海上路で五百キロも離れている。プエルト・エデンは、広大な無人地帯に孤立した村だ。

 南米にスペイン人が渡来したのは、十六世紀の昔。だが、はるかに以前から、アルカルフェというインディオの種族が、この地方に住んでいた。

「えっ、プエルト・エデンだって? あそこは原住民の村で、とんでもないところだよ。金は通用しなくて、なんでも物々交換だし、荷物は知らないうちに持ち去られてしまう。悪意というより、他人の物と自分の物の区別がないのだよ」

 以前に寄ったチリの町では、こんな噂も聞いていた。



 荒涼としたエデンの港に着いたとき、多島海を下る旅は九週間目に入っていた。木造の小さな桟橋に[青海]を着けて、静まりかえった島の上を踏んでいく。

 なんと寂しげな村だろう。粗末な家が少し並んでいるだけで、道と分かる道は一本きりだ。湿地のような地面には、草木も弱々しく生えている。長靴がめり込んで歩きづらい場所もある。南緯五十度に間近い、寒い最果ての土地だった。

 人の住む島に来たのは一か月ぶりだから、肉と野菜の入手方法を聞くために、カラビネーロの駐在所を訪ねてみる。民家のような木造平屋の正面には、チリ国旗を揚げた長いポールが立っている。

「この島では寒くて野菜が育ちません。肉も、住民たちは月一回ほど食べるだけで、入手は困難です。二週間に一度、補給船が生活物資を積んできますから……」

 ガルシアという大男が、戸口で気の毒そうに答えてくれた。チリの町で見た警官は、草色の制服を着て銃を握っていたけれど、彼は普段着のセーター姿。人口三百三十の小村に、カラビネーロが四人も派遣されていた。

 卵だけでも手に入れようと、ぼくは村を歩きだす。背中のバッグには、少しだけ着古したズボンとセーターが入れてある。この貧しい村の住民は、古着を欲しがるそうだから、卵と交換できるだろう。

 やがて見つけた、物置小屋のように粗末な家。まわりの地面に数羽のニワトリが走っている。近づく人の気配を察したのか、壊れたドアの隙間に若い男が顔を出す。ぼくは自信のないスペイン語で言ってみた。

「卵を欲しいのです。航海に必要なので」

「ないね」

 人相ばかりか、愛想までも悪いやつだ。

「あのう、衣類と……」

 それを聞くなり男は態度を変えて、家に招き入れた。牢獄のように小さな窓穴だけで、室内は夕方のように薄暗い。家具らしい物も見当たらず、貧しく陰気な家だった。

 男は妻を呼ぶと、二人で古着を手に取って、やけに念入りに調べて言う。

「なんだ、こんなボロは欲しくないよ」

 一瞬、ぼくは開いた口がふさがらない。なんてぜいたくな人たちだ。古いには違いないが、汚れもないし穴もない。だいいち、ぼくの着ている服より立派なはずだ。バカにされたようで悔しいけれど、身振り手振りで何度も頼んで、泥のついた八個の卵を手に入れた。

 薄暗い家を出ると、小雨がしとしと降りだした。多島海の中部地域では、雨が毎日のように降り続く。晴れる日は、月に数度もないという。


2・日本人なら直してくれ



中央付近、警備艇に横づけした[青海]が見える。

 目標のホーン岬まで、まだまだ数か月も続く多島海の船路。島の入江や湾に出入りするたびに、[青海]の小さなディーゼル・エンジンを使うから、ここで燃料の補給をしておきたい。

 カラビネーロの話では、自家用の軽油を持つ住民がいるらしい。教えられた家に向けて、海岸線を歩きだす。雨の浜には、数隻の壊れかけた小舟が引き上げられて、あたりをさらに寂しく見せていた。

 ほどなく着いた海辺の民家は、よそに比べて少し立派で、窓には大きめのガラスも入っている。この村では富豪なのだろう。

「デ(~から) ドンデ(どこ) ビニステ(来た)?」

「デ ハポン(日本)」

 玄関先で、皆との会話が始まった。母国を離れて一年半が過ぎたこと、チリ沿岸を半年ほど旅していること、軽油が必要なわけも説明した。

「日本では、どんな職業だったのかい?」

 年配の小柄な男がきいた。主人のようだ。

「コンピューターのソフト作りですよ」

 すると男は、家族の前で物知りげに言う。

「ははあ、それはきっと電気関係の仕事だな。そんなら電気の故障を直せるだろう。ヤマハの発電機がスタートしなくて困っている。直してくれ」

「コンピューターのソフトは電気と関係ないですよ。それに、スタートしないなら、電気よりもエンジンの故障です」

 この村には電気もない。ただ、カラビネーロの宿舎と少し裕福な民家では、日暮れとともに小型発電機が音をたてて回りだす。

「ともかく、あんたは日本から来た電気技師だ。日本製の発電機を直せるはずだ。修理できたら軽油はタダにしてあげる」

 勝手に勘違いされても困るけれど、エンジン直しは手慣れた仕事だ。ぼくは軒下でレンチを握って、分解修理にとりかかる。およそ二時間後、その小さなエンジンが心地よい音をたててスタートすると、彼等は一斉に部屋に入って裸電球を灯し、カード遊びを始めていた。

 三十リットルの軽油と、ムール貝をバケツに山盛りもらって、ぼくは笑顔で引き返した。


3・まさかこんなカニを



セントージャと呼ばれる、チリ多島海の特産品だ。

 発電機を直した話が、一晩で村中に広まって、翌朝から一騒ぎが始まった。

 というのも、この島の住民たちは、漁業で細々と生計をたてていたからだ。ムール貝やハマグリを採って、燻製を造っているらしい。

 彼等の小舟の動力は、意外にも帆やオールではなく、米国や日本製の船外機だ。最果ての村に、こんな文明の利器があるとは思いもしなかった。が、ぼくにとっても不運なことに、大半は故障していたのだ。

 そこで村人達は修理を頼もうと、[青海]の前に押しかけた。彼等にとって船外機は漁業の大切な道具で、一台の値段は年収を超えている。貴重な財産に違いない。この村では修理が不可能で、困り果てているはずだ。少しでも力になろうと、ぼくは心を決めていた。

 なのに、それから丸二日も船外機の修理作業に明け暮れて、ついに悲鳴をあげていた。一つが終わると次がくる。これでは村を永遠に出られない。ぼくは急いで修理道具を片づけて、カラビネーロと別れの握手を交わし、長靴とカッパを身に着けると、[青海]のエンジンを始動する。「さあ出発だ!」

 が、おかしい。なぜかエンジンは全くスタートしない。始動ハンドルに力を込めて回しても、ぐるぐると空転するばかりだ。

 結局、出港はあきらめて、今度は自分のエンジンを直す番がきた。それはピストンや排気バルブも外す大仕事になった。「村を逃げ出そうとしてバチが当たったな」と思った。

 船室の床と両手を油まみれにして、修理は翌日まで続いていた。窓の外を眺めると、海は相変わらず陰気な雨景色。その灰色の水面に、おんぼろの小舟が黒い姿を現して、[青海]の横に近づいた。薄汚れたセーター姿の老人が、雨に濡れっぱなしで乗っている。

 彼はゴトリゴトリと音を鳴らし、[青海]のデッキに大きな赤いカニを置く。セントージャと呼ばれる多島海の高価な特産品だ。船外機を直した御礼と彼は言う。一匹だけでも嬉しいのに、こんな立派なカニを、まさか五匹もくれるらしい。

 ぼくはとっておきの米国製粉ミルクやスープミックスを取り出すと、あわてて彼に手渡した。

 これから毎日、カニばかりの食事だ。食べすぎて病気にならないだろうか。まあ、せっかくカニの産地に来たのだから、カニを飽きるほど食べてもいいだろう。それに、よく考えてみると、船外機の産地から来た者が故障を直し、カニの産地の人が交換にカニをくれるのは、きわめて当然な心地がした。


 到着から一週間後、[青海]はプエルト・エデンを後にした。

 本当は、出発などしたくない。再び始まる困難な旅路、降り続く雨に目前の岩も見えない危険な航海、日暮れまでに入江に着けるか不安の連続、暗闇に吹く強風に脅えて過ごす停泊地の夜。これらがまた戻ってくる。可能ならばエデンの園にとどまりたい。

 が、それはできない。すでに南半球は秋も間近い二月なのに、多島海の旅はまだ半分残っている。急いで南下しなくては、ホーン岬に着くのは冬になる。

 ぼくと[青海]は覚悟を決めて、またもや秘境の海を走りだす。



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