余話 4  始めて知った海・太平洋

世界一周の第一歩は、太平洋横断の航海でした。

出発前は、もちろんさまざまなことで悩みました。まず第一に、どんなヨットを選べばよいのでしょう? 

客船ではなく、自力で太平洋を渡ろうというのですから、できればヨットも自作が理想でした。全部自分の力でやったという、強い達成感が得られるに違いありません。

とはいえ、事前に自作経験がない限り、最初の何艇かは安全面で失敗作になるかもしれません。また、自作に不可欠なのは作業場と工具類の確保と聞いたことがありますが、それは必ずしも容易でなく、結果的に割高になる可能性もありました。

そこで決めたのは、大量生産されて故障や事故例も豊富な、ブルーウォター24の中古艇を買うことでした。もちろん、設計者の武市俊氏を訪ね、根掘り葉掘り質問したのです。過去の事故、壊れやすい部分、マストや舵の強度、デッキとハルの接合部やマスト下のサポートビーム(マスト荷重を分散する部分)の強度、ついでにウィンドベーン自作に役立つ資料をもらい、晩飯まで御馳走になりました。

それをもとに、購入した中古艇を点検整備し、交換が必要な部分は交換し、耐久性が不明な部分は予備を持つことにしたのです。例えば舵の強度は不明でしたから、簡単に取り付けできる予備ラダーを、念のため3枚も作っておきました。

やがて一通りの準備を終えると、いよいよ太平洋に乗り出したのですが、そこに広がっていたのは、想像をはるかに超える別世界の海でした。

太平洋横断の際、走る緯度やコースにより、海況は大きく違いますが、沿岸と比べて特徴的なのは、やはり波高でしょうか。

もちろん日本を出る前から、嵐の体験はありました。誰よりも船酔いに強い自信もありました。なのに、ほとんど毎日が船酔いだったのです。休日に走っていた日本沿岸は、海ではなくて磯だったのかと、実感せずにはいられませんでした。

「しまった、こんなはずではなかった」とバース(ベッド)の中で頭を抱えていたのです。

でも、航海をやめるつもりはありませんでした。「進むより引き返す方が勇気がいる」とよく言いますが、きっと勇気がなかったんですね。アメリカまで行っちゃいましたから。

ところで、一般の人によく質問されるのは、航海中の食事です。
「宇宙食みたいなの食べるんですか?」と聞かれたこともあります。

「実はご飯を炊いて、ちゃんと味噌汁やサラダも作っていたのです」と答えると、期待外れな顔をする人もいます。

一時的な旅なら、インスタントやフリーズドライ食品も大いに役立つことでしょう。しかし、旅が長期にわたり、旅が日常生活になったとき、以前と同じものを食べることが、もしかすると旅を長続きさせる秘訣となるかもしれません。

<青海>のように冷蔵庫のない小さなヨットでも、それは決して不可能ではありません。ほんの半世紀前まで、我々日本人は冷蔵庫なしで暮らしていたではありませんか。

野菜でも卵でも、場合によっては魚や肉までも、長期保存の方法がありました。それらは数千年以上もかけて蓄積され、まさに今失われようとする、人類の知恵の一つかもしれません。

調理用コンロについては、あえて灯油バーナーを選びました。日本を出る前に海外の書籍で、プロパンガスの爆発事故例を学んでいたからです。

転覆しそうなほど海が荒れ、船内を物が飛び交う状況のとき、ボンベや配管やガスコンロに何が起こるか分からないからでもありました。航海で疲労困憊し、注意力が低下したとき、とんでもない操作ミスをするかもしれません。

実際、<青海>が世界一周中に寄ったオーストラリアでは、ガス爆発で大破した艇を目撃しましたし、アルゼンチンでは数日前に握手を交わしたドイツ人が、キャビンに漏れたガスにタバコの火が引火して、焼死していたのです。

日本で最近起きた原子力発電所の大惨事からも分かるように、危険性がきわめて高い物質は、便利だからといって安易に貯蔵したり使ったりすることは、避けたほうがよいのかもしれません。

助けを簡単に呼べない海の上では、仮に99%安全でも、残りの1%で命を落とすわけですから。


>Bluewater Story 第04回本文も、ぜひお読みください。

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