-- これは実話です --
27話  赤い廃墟
melchior base
メルキョー群島内、ガンマ島のアルゼンチン基地。南極大陸および島々の海岸線のほとんどは氷に覆われており、基地を建設できる岩場はきわめて少ない。ここには補給船用小桟橋があるが、小型ヨットには高くて使いにくい。気温マイナス3度、湿度85%、気圧990hPa(全て年平均)(写真を部分拡大)

冷え冷えとした灰色一色の空と海。

その境目に、島々の群れが浮かんでいる。
メルキョー(Melchior)群島と呼ばれる小島の集まりだ。
一つ一つの島は、厚さ数十メートルもの氷に覆われ、山盛り御飯のような白いドーム状に見えている。

海図に記載のない暗礁を警戒し、気を張り詰めて舵を取りながら、<青海>を島々の間に進ませる。南極の白と灰色ばかりの景色の中、やがて鮮やかな赤色の建物、そして数本の鉄塔が現れた。アルゼンチンの観測基地だった。

測深器の表示に注意しながら近づいて、小さなコンクリート桟橋に<青海>のバウを着けて舫いを取る。

桟橋に上がると、付近には灯油、重油、潤滑油のドラム缶が何本も置かれていた。どれも長期間放置されたのか、調べてみると中身の半分以上が水だった。

この基地には、実は誰も住んでいない。英国海軍発行の南極水路誌によれば、1947年に建設されたが、後に閉鎖されていた。

基地は赤く塗られた3棟で成る。母屋と発電棟、そしてもう1棟。ぼくは辺りをぐるりと歩いてみた。

建物は木造で古く、かなり痛んでいる。2階に続く屋外の木製階段は、すでに朽ち果てていた。鉄塔から鉄塔に張られたアンテナ線は、切れてだらりと垂れ下がっている。不気味な廃墟の雰囲気を覚えながら、ぼくは建物の角を回った。

と、大アザラシにばたりと出くわして目が合った。数メートルも離れていない。黒っぽい巨体は丸々と太り、見るからに強そうだ。

驚きと恐怖で、しばらく身動き出来なかった。が、どうやら相手も同じようだ。ぼくは視線と視線を合わせたまま、ゆっくりと後ずさりする。やがてアザラシの方も奇声を上げながら、海に向かって逃げだした。

廃墟の中を、さらに歩いていく。窓という窓は、板を打たれて塞がっている。板の隙間から中をのぞいても、ただの暗闇しか見えない。母屋のドアの取っ手をガチャガチャと何度も動かすが、どうやら鍵がかけてある。と、その時、壁に付いた小さな木箱が目に留まった。開けてみると案の定、鍵が入っていた。

ドアを開けると、中は暗くて薄気味悪い。が、思い切って踏み込んだ。横には休憩室らしい部屋、奥に寝室が続いている。各部屋にはスチーム暖房のゴツゴツした鋳物の放熱機が置いてある。医薬品庫には大量の薬や注射液のアンプルが並んでいて驚いた。さらに奥に進むと、風呂場、トイレ、台所、食糧倉庫などが続く。

食糧庫の棚には缶詰、スパゲッティ、乾燥タマネギ、粉末ほうれん草、そして古くなったソーセージだろうか、ミイラのような気味悪い塊が並んでいた。缶詰は皆、茶色く錆びている。10人程が、ここで暮らしていたのだろうか。

数時間で基地を離れた。広大で冷え切った白い世界に、ぼくは再び戻っていく。
だが、本当は行きたくない。荒涼とした景色の中、基地は唯一の人間臭さだった。そこを離れるのは、つらくて寂しいことだった。が、とどまり続けるのは危険なのだ。基地の前は北風の嵐に対し、全く無防備な地形だった。

安全な停泊場所を求め、<青海>はメルキョー群島の中を移動する。暗礁を警戒して身を乗り出すように海面を見張りながら、島々の間をしばらく進み続けると、左右の白いドームが急に近づいて、海は細い水路に変化した。海図で今日の停泊候補地に決めたのは、さらに奥の狭い湾だ。が、ほどなく目前に展開した光景は、全く意外なものだった。

青白い氷の絶壁が、湾の三方を囲んでいる。しかも所々にヒビが入り、今にも崩れ落ちそうだ。数トンもある氷の塊が、一つでも船体を直撃したら、<青海>は瞬時に破壊されてしまうだろう。

海図を見ても湾内は情報不足で、氷壁の存在どころか水深の記載もない。エンジンのアクセルレバーを微速に合わせ、<青海>を注意深く前進させていく。

突然、ガラスのように透明な薄緑の海水を通し、白っぽい海底が見えた。次の瞬間、船底から鈍い衝撃が響くと同時に、ぼくの体は前に転びそうなほど傾いて、<青海>は完全に停止した。

「座礁だ!」


 解説


 月刊<舵>20128月号より。

27話目は、南極基地の廃墟を訪ねた話です。

南極の火山島デセプション島を発った<青海>は3日目になって、やっとの思いでメルキョー群島に着きますが、そこには基地があったのです。1947年にアルゼンチンが建設した「Melchior」基地です。

以下の地図は、メルキョー群島の位置と島々の配置を表したものです。
Melchior Islands map
島々にはギリシャ文字のアルファから始まる名前が付いています。例えば、地図右端の中央にはπ(パイ)島がありますし、その左には大きなω(オメガ)島があります。

基地があるのは、γ(ガンマ)島です。南極の基地は、実はどこにでも作ることができるわけではありません。ほとんどの陸地は氷で覆われていますが、氷の上に基地を建てると、氷の移動とともに運ばれて、やがては海に落ちてしまうからです。

そういうわけで、海岸の基地はどうしても岩場に建てなくてはなりません。しかし、平坦な岩場は南極沿岸ではきわめて少なく、基地を建てることが可能な場所は限られているのです。

その貴重な岩場があるのはガンマ島でした。下の写真が、ガンマ島を北側から見たものです。矢印の先、黒っぽい岩場に赤い建物が三棟、周囲には通信用鉄塔が並んでいるのが分かります。島全体の面積に比べ、岩場はほんの少しですね。まさに猫の額ほどの狭さでしょうか。
Melchior base

この基地には一応、コンクリート製の桟橋がありましたから、<青海>のバウを着けて上陸しました。もちろん船尾からはアンカーを打っています。
Melchior pier

桟橋に上がると、そこにはドラム缶が何本も置いてありました。デセプション島からここに来るまで、潮流に流されて予想外の燃料を消費しましたから、軽油を少し頂こうと思いました。

ところが、ホースを差し込んでみると、大半が水だったのです。
melchior pier oil
岩場の表面には、右の写真で分かるようにペンキの落書きがたくさんありました。ここを訪れた人々が自分の名前を記念に書いたのでしょうか。

桟橋から岩場を少し上り、基地の母屋に向かいました。建物の中はどうなっているのでしょう。探検してみたいですね。


英国海軍発行の南極水路誌によれば、この基地が建設されたのは1947年であり、"Inspected 1963"と追記されています。基地が閉鎖されたのは、これより前ということになります。実際、1961年までは、この基地の気象観測データがあるのです。以下にそれを見てみましょう。

南半球ですから、2月が真夏で8月が真冬です。グラフから分かるように、夏の月間最高気温は、+10度近くまで上昇しています。一方、冬の月間最低気温は-30℃で、日本の北海道程度です。夏場は北海道より寒いとはいえ、ここは南極でも暖かい地方のようですね。

さて、桟橋から岩場を少し登って行くと、母屋の前に着きました。窓には板が打ち付けてあり、中の様子は分かりません。板のすき間からのぞいても、中は暗くて何も見えません。melchior base
入口のドアの前に立ち、真鍮製の丸い取っ手を回しても、鍵がかけてあるようで開きません。しかし、その横の壁には、小さな木箱が打ち付けてあったのです。中を見ると、鍵が入っているではありませんか!

ドアを開けてみると中は暗く、オバケでも出たら一人では対処不能に思えました。で、<青海>に引き返してライトを持ってきたのです。
melchior base
上の写真に入口が示してあります。母屋の壁に描かれた、水色・白・水色のマークは何か分かりますか? (答:????????)←マウスを当てて答を見る。

下の図が、航海日誌に描いた母屋の見取り図です。読みにくいので、字を緑色で書き直してあります。かなりいい加減で信頼できませんが。
melchior base main building
入口を通って左側に休憩室、そこからベッドルームがしばらく続き、各部屋にはスチーム暖房のゴツゴツした鋳物の放熱器が設置されています。その奥にはトイレや台所等も並んでいます。医薬品庫には天井まである棚に大量の薬、注射器、ガーゼ、包帯等々が詰まっていました。

廊下の所々には、ガラス瓶に透明な液体が封入されて置いてありました。投げつけたとき、すぐに割れて液体が飛散するように準備された印象でした。おそらく、消火のための四塩化炭素(液体)だろうと思いました。南極基地で一番恐ろしいことの一つは、火災だからです。



このページの白い背景は、南極大陸の雪面写真から作成しました。

up↑


 トップページのメニューへ