日本の島々の数をご存知でしょうか? 周囲が100メートル以上のものが、なんと6,852もあるというのです。
でも、南米チリの海図を見たときは衝撃でした。なにしろ南緯42度から南緯56度まで、無数の島々が延々と続いているのです。日本で言うと、北海道最北端から鹿児島までに相当する緯度差です。
チリ多島海と呼ばれるその地域は、氷河によって侵食されたフィヨルド地形のため、島々は密集して並び、そのすき間を水路が迷路のように走っているのです。しかも99%以上が無人島で、安全な港は少なく、アンデス山脈から吹き下ろすという烈風ウイリーウォーが島々の間を吹き荒れて、暗礁にヨットを運ぶのです。
とはいえ、チリ多島海はヨット乗りの腕試しと、総合的なヨット技術を磨くには、最適の場所かもしれません。ヨットの技術とは、もちろん走る技術ばかりではないからです。
とどまる技術であるアンカリング、周囲の地形と海図を読んで安全なコースを判断するナビゲーション、海面のわずかな変化で暗礁や潮流を察知する目、船体や装備が壊れた際に修理できる腕も、ヨットの重要な技術の一つと言えるでしょう。それらの全てを要求されるのが、チリ多島海の航海かもしれません。
さて、チリ多島海の雨風と氷河に浸食された別世界のような景色、その中での感動の数々、手に汗握る体験は、これまで何度もお伝えしたつもりです。そこで今回は気楽に釣りの話でもしてみましょう。
多島海の北部を航行中、船尾から流したトローリングの仕掛けには、魚がよく掛かって助かりました。港々でアルバイトをしながらの貧乏航海で、満足に缶詰も買えなかったからでした。
そしてある日のことです。密集する島々に挟まれた迷路状の水面を、<青海>は何枚もの海図を頼りに進んでいましたが、進路の左右にそびえる不気味な岩肌の山々が小雨に煙った昼さがり、ふと船尾を振り向くと、いつのまにか釣り糸に獲物が掛かっていたのです。
糸を握って引いてみると、手応えが異常に重いのです。よほど大きな魚が掛かったか、流木でも釣ったのでしょうか?
両腕に力を込めて、30メートルほど延ばした釣り糸を巻いてきます。水面には、獲物らしきものが何度も浮き沈みを繰り返していましたが、やがて船尾に近づくと、それは意外にも鳥でした。
殺してまで鳥を食べるつもりはありません。逃がしてやろうと思いました。でも、釣り針を外す際に噛みつかれたら大変です。それは意外に大きく、丸々と太った鳥でした。
釣り糸を握った両手に力を込めて、水面からデッキに獲物を引き上げました。が、ずいぶん変わった鳥なのです。
背中は黒くて胸は白、足には小さな水かきがついています。体の表面は羽毛というより毛皮のような感じです。翼の形はヒレ?
「あっ、これはペンギンじゃないか」
気を失ったのか、ピクリとも動きません。目覚めたら一緒に少し遊んでから、海に帰してやろうと思いましたが、待っても起き上がりそうな気配はありません。水中を引かれる間に、窒息したのでしょうか。
気の毒な気もしましたから、デッキに寝かせたペンギンの白い胸に両手を当てて、人工呼吸を始めました。ペンギンの人工呼吸法なんて、学校で習ったこともないし、人間と同じでよいかも分かりませんが、中学の水泳の時間に教わった方法を思い出すと、腕時計を見ながら圧迫をしばらく繰り返しました。
でも、生き返る徴候は全くありませんでした。釣り上げたとき、首が水鳥のように長く伸びていたので、針に掛かったショックで首を骨折したのかもしれません。
ペンギンが死んだ以上、海に帰すのは無意味で無駄なことに思えました。そこで食べることにしたのです。
腹の中心線に包丁の先を当て、恐る恐る解体してみると、胸に少量の筋肉があるだけで、大部分は内臓と骨でした。皮膚の下には、脂肪の層もほとんどありません。無駄な肉がなくて軽量なのは、鳥の仲間のせいでしょうか。
両胸から取った二枚の肉を、片方はステーキに、残りは翌日のシチューに入れました。
味はナイショ!