-- これは実話です --
第7話  赤道で見た赤線を越えて
スコールが移動する、うねりも波もない赤道付近の海
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昼のチャイムが鳴り、緊張から解放され、昼食をとり、雑誌を読んだり、会話を楽しんだり、甘いものを食べたり、芝生に寝ころんで日差しを浴びるときもある。だが、昼休みが終われば、再び緊張感のある時間が始まるのだ。

赤道付近の航海は、そんな楽しい息抜きのひとときだった。


サンフランシスコを出発後、南米チリに向けて太平洋を下る<青海>は、北東貿易風帯を通過して、さらに南の赤道無風帯を進んでいた。(下の地図参照)

そこは南北両半球の貿易風が、ぶつかり合って上昇気流に変わる海。決して無風の海ではない。きまぐれな向きの微風が、吹いたりやんだりを繰り返す、天気の不安定な場所だった。

毎日のように、突風を伴うスコール雲が訪れ、大粒の雨を降らせる。意外に冷たい熱帯の雨に、ぼくは裸のまま震えながら、トッピングリフトを少し引いて、ブームエンドを高めに固定した。こうすると、帆を伝わり落ちる水が、グースネックに下げたバケツにどんどんたまるから、塩素液を入れて飲料水に使うのだ。

スコールがやんで凪が来ると、 <青海>は半日から丸一日も、波のない平らな海面に静止する。そのまわりを三角の背ビレで水を切りながら、サメが泳ぎ回る日も多かった。青々と澄んだ海水を通し、灰色の胴や胸ビレは鮮明に観察できた。

サメの仲間には、クジラのように巨大な種類も存在し、ヨットに衝突した話を体験者から直接聞いたこともある。止まると窒息する外洋のサメは、生まれたが最後、昼も夜も休むことを一生許されず、死ぬまで泳ぎ続けているという。


北太平洋を下る<青海>が、ついに赤道を越えたのは、サンフランシスコを出て1カ月ほど後だった。その日、海の上に赤線を見た。まるで地図の赤道のように、赤い帯が東西に延々と続いている。こんなことが現実に起きるとは、信じられない心地もしたけれど、よく見ると場所によって太さが違うし、所々で切れている。なぜか破線の赤道だ。

<青海>が線上を横切るとき、妙に生臭い空気を吸いながら、腕を伸ばしてヒシャクで水を汲んでみた。海流の境目に漂う小さな無数の赤い球、魚の卵の群れだった。

赤道を越えて南太平洋に入った <青海>は、さらに南下を続けていく。夜空に輝く南十字星は、日増しに高度を上げていた。この明るい星々は、完璧な十字形に並ばずに、かしいでいるから好きなのだ。

町の明かりを数千キロも離れた夜空には、星と星のすき間を埋めるように、さらにいくつも星々が光る。頭上に横たわる銀河は、鮮明な光の帯だった。昔の人が「天の川」と呼んだのも、ごく自然に納得できる。百年ほど前に電灯が発明され、夜が明るくなるまでは、おそらく誰もが仰いでいた星空なのだ。

五百年も昔の大航海時代、未知の海原に人々が帆船で乗り出したように、この果てしない星々の海を、宇宙船という船で旅する時代が来るだろう。次々と発見される宇宙の神秘に、人々は胸を躍らせ、さらに遠い星々に思いをはせるに違いない。急速に数を増す人類という生き物の群れが、それまで存続する保証はないけれど。


後に体験するホーン岬や南極の海と比べれば、赤道付近の海は平和で、安全で、嵐に襲われることも船酔いすることもなく、楽しさに満ちたものだった。

でも、地球上すべての海が、同様に平穏だったなら、ぼくはおそらく海に出なかった。

Critical Advice to Sailors
熱帯を航海する際は、発汗による真水の消費増加を考慮しなくてはならない。スコール時の集水は、確実性の点で問題がある。<青海>の場合、真水の消費量は、温帯地域の約5割増であった。また、熱帯の陸地に立ち寄る場合、マラリア等、現地特有の疾病に対する薬の事前準備、予防注射等の検討も必要である。



 解説


月刊<舵>2010年9月号より。

今回は、赤道付近の話です。
まずは、この地図を見てみましょう。
赤道付近地図

左の赤道部分を拡大したのが、右の図です。

第1話でお伝えしたように、赤道の南北では貿易風が吹いています。それはきわめて安定な風で、洋上では昼も夜もほとんど同じ強さと向きで吹いています。

町の中で暮らしていると、そんな地球上の大気の循環なんて、どうでもよいし、自分には関係ないことに思え、ほとんどの人は興味がないことでしょう。でも、今、この瞬間も確実に吹いていて、温帯に住む我々の生活にも、間接的に大きな影響を与えているに違いありません。

図を見て分かるように、北半球の貿易風も、南半球の貿易風も、赤道に向けて吹いています。ですから、両方の貿易風は、赤道付近でぶつかります。

ということは、その辺りで風は混ざり合い、片方が勝ったり負けたり、渦を巻いたりすることになるでしょう。

結果的に、風向きは定まらず、一般には弱く、と思うと、時には突風となり、不安定な天気となります。

この水域は、「赤道無風帯」とよく言われますが、「赤道不定風帯」と呼ぶほうが適切です。しかしながら、性能の悪かった昔の帆船にとって、「不定風」では船がまともに走らず、それは「無風」と事実上同じだったのかもしれません。

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これは、赤道付近の断面模式図です。
ぶつかり合った両半球の貿易風は、このように上昇気流となって雲を作り、雨を降らせます。その結果、頻繁なスコールが訪れます。そのときの写真が、今回舵誌に掲載したものです。

ところで、最初の図を見て分かるように、赤道無風帯は赤道から少しずれていますね。実は、場所と季節によって位置が違うのです。  

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これは、海上保安庁の大洋航路紙付図より作成したものです。ピンクの帯が、赤道無風帯の概略位置ですが、太平洋、大西洋、インド洋と、それぞれ違うことが分かります。また、その幅も、図には反映していませんが、季節と場所で違っています。

さきほど説明しましたとおり、「赤道無風」帯は「赤道不定風」帯であって、決して無風の海ではありません。しかしながら、間違いなく凪が多く、<青海>の場合、丸1日以上前進できないことが何度かありました。スコールの際に吹く風をていねいに拾いながら、走る必要があったのです。



スコールの後には、運がよければきれいな虹が出ます。これほど完璧な虹を、見たことがあるでしょうか?

rainbow

陸の上では、建物や山に隠されたりで、切れ目のない完全な虹は、なかなか見ることができませんね。

上の写真では、虹の外側に、もう一本の虹が出ています。これは副虹と呼ばれ、色の順序が主虹と反対になっています。この副虹は、もちろん町の中の虹にもあるのですが、色が薄いこともあり、気づく人は多くありません。

赤道付近の海で、スコールがやんだ後には、しばしば長い凪の時間が訪れます。その間、ヨットは海に浮かんだままですが、サメがやってきて、周囲をグルグル泳ぎまわることもありました。

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この写真は、デッキに立った状態で、カメラを水面に向けて撮影したものです。透明な海水を通し、水中のサメが鮮明に観察できました。胸ビレの先と尾が白い、Oceanic White tip(ヨゴレ鮫) と呼ばれるサメの仲間です。体長2メートルほどでしょうか。 左下に写っているのは、水面上の船尾、ウインドベーンの一部と釣り糸です。



この動画は、友人が太平洋一周中に撮影したものです。小さなサメですが、数も多いし、ちょっと怖いですね。

赤道や熱帯地方の航海で、陸に立ち寄る際の注意点の一つは、誌上の「Critical Advice for Sailors」欄に書きましたが、現地特有の病気等です。私の場合、マラリアの予防薬と治療薬を事前に用意しました。これは、現地で入手できる保証がありませんし、場所によっては病院や薬局がないかもしれないからです。長年現地に住んでいる人は発症しなくても、外部から来た旅行者に限って発病することも考えられます。

また、これは熱帯地方に限ったことではありませんが、衛生上注意が必要なことの一つはネズミです。

捕まえたネズミの写真です。見たい方だけここをクリックしてください。(女性の方は少し気持ち悪いかもしれませんので)

mouse onboard
<青海>の船首の食料置き場で撮影しました。ネズミ捕り用粘着材を、段ボール板に塗ったものです。 このとき、<青海>は沖に停泊していたので、なぜネズミが侵入したかは謎でした。 可能性としては、
1、水中を泳ぎ、アンカーロープを伝って侵入。
2、買い物バッグの中に潜み、陸から運ばれてきた。
これらが考えられます。


他の船に接舷中に、ネズミが引っ越してくる場合もあるようです。
また、ウォーター・ラットと呼ばれる、足に水かきのついたネズミもいるそうです。

念のため、アンカーロープにネズミ返しの板を作って取りつけました。

 

 

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