暴風雨の島々の狭間で
黒雲の間から差す日光で、黄金色に輝くチリ多島海中部の島
「絶望的な所に来たものだ」新しい環境でそう落胆しても、あきらめずにその場で探し続ければ、自分の居場所が見つかることもあるだろう。ホーン岬に向けてチリ多島海を南下する<青海>は、荒涼とした無人地帯で居場所を探していた。
*
ある日到着した島の入江で、ぼくは途方に暮れていた。海図や水路誌を調べても、翌日の停泊場所がないからだ。
約60マイル先には、確かに小型船に適した入江がある。でも、小さな<青海>が一日で走れる距離ではない。前進を強行し、途中で逆風や予期せぬ事故に遭えば、到着前に必ず日が暮れて、暗闇の中で座礁するだろう。
唯一の望みは、三十数マイル先のワイド湾だ。米海軍発行の水路誌には、「海底は岩で深いが、よくシェルターされている」と記載されている。でも、湾の幅は1キロほどもあり、小型艇が波風を防ぐには広すぎる。しかも、深い岩の海底では、おそらく錨は利かないだろう。
狭い船室に海図と水路誌を広げ、夜遅くまで検討を重ねても、他の選択肢は見あたらなかった。
翌朝、思いきって錨を上げると、一夜を過ごした入江を後にした。島々の間を走る細いコンセプション水道には、猛烈な北風がごうごうと吹いている。一瞬、ためらったが、思いきって白波だけらの水道に乗り出した。
「この風では、二度と戻れない。なんとしてもワイド湾で、安全な停泊場所を見つけなくては……」急速に遠ざかる出発点を振り返りながら、思った。
それは、一方向に動くベルトコンベアに乗るようでもあり、止めることも逆らうこともできない運命に、流されるようでもあった。
年間300日以上が雨降りという、チリ多島海の中部地域。島々は黒い鉄の塊か石炭のように、薄暗い曇天の下に並んでいる。ときおり雨は強まり、そしてやみ、黒雲の切れ間から日が差し込むと、暗く沈んでいた島々の岩肌が、そこだけ魔法のようにピンクや黄金色に輝いた。それは現実とは思えない不思議な光景だった。
朝の出発から7時間後、<青海>は北風に押されて35マイルほど走り、ワイド湾の口に到着した。が、状況は全く絶望的なものだった。
雨で煙る広い湾内には、風力5から6の強風が、一面に白波を立てている。小型船が安全に停泊できる場所ではない。とはいえ、湾の奥に進んでいけば、陸が近づいて風は弱まるかもしれない。ジブシートをしめると、湾の奥に向けて舵をとる。
が、だめだ。風は弱まるどころか、山から吹き降ろす突風性のウィリウォウに変わってきた。しかも、ケルプと呼ばれる大型海藻が所々に茂り、今にも突っ込みそうで気が気でない。
どうすればよいのか? 戻るにしろ、次の停泊地に行くにしろ、日没までには間に合わない。いたるところ危険な岩が潜む島々の海で、しかも強風の中、どうやって夜を過ごすのか?
他に行く所などなかった。ぼくは心を決めると、暴風雨の中、ケルプに突っ込まないよう気をつけながら、湾内の海岸線を念入りに調べて回ることにした。そして小さな岬を過ぎたとき、その先に直径数十メートルの小島が確認できた。付近は岬の風下で、ほとんど波がなく、幸運なことにケルプもまばらだ。
「よし、岬と小島の間に入り、船体の前後から陸の木々にロープを張ろう」
<青海>を乗り入れて仮の錨を下ろし、仮止め用軽量ポリプロピレンロープと本止め用ナイロンロープのコイルをボートに積むと、ぼくは岬に向けて漕ぎ出した。
が、その間にも、利かない錨を引きずって、<青海>はどんどん吹き流されていく。まだまだ油断はできないのだ。
Critical Advice to Sailors
天然の入江に停泊する際、大切な装備品の一つは、上陸用小型ボート(いわゆるテンダー)である。陸までロープ張るばかりでなく、錨を浅瀬に運んで投下する際にも重要な役割をする。高波や強風時の作業を想定し、安定性のよい、信頼できるものを選択しなくてはならない。