-- これは実話です --
第5話  烈風のマゼラン海峡を行く
南米大陸最南端、フロワード岬
マゼラン海峡

自分の将来が見えないまま、止まることすら許されず、不安を覚えながらも前進を強いられることがあるだろう。南米パタゴニアの航海は、そんな過酷な日々の連続だった。


ホーン岬を目指してチリ多島海を下る<青海>は、サンフランシスコで特注したスーパーストームジブ(標準ストームジブの4割サイズ)に烈風を受け、マゼラン海峡を駆けていた。

海峡の幅は、この場所で約7マイル、瀬戸内海のような狭い水路で、これほどの波風に遭おうとは。

水面には、いたるところに波が巻き、緑色に崩れ、波頭からゴウゴウと水煙が飛んでいく。盛り上がる波の斜面には、よく見ると平行線状の風紋までついている。

なんという風の強さだ。船体を後方から追い越す水煙の息の中、「あまりにも強すぎるな」と思った。

正直のところ怖かった。ぼくはコックピットに立ったまま、ハリヤード・シャックルにつながるダウンホール(down haul)のロープを引いて、セールをすべて降ろしたのだ。

が、船体とマストに当たる風だけで、<青海>はマゼラン海峡を東に突き進む。ローリングのダンパーとなるセールがないのに、なぜか揺れは少なくて、走りは不思議と安定していた。ぼくはキャビンに入り、プリマス・バーナーに点火して、昼食の用意にとりかかる。

「日暮れまでに、次の泊地に着けるだろうか?」

到着前に日が落ちて、視界を失えば、この狭い海峡で、しかもこれほど強い風の中、座礁するか岩に衝突するだろう。

前方の黒い陸影(写真)はフロワード岬(Cape Froward)、南米大陸最南端だ。これより南は島々で、その南端にホーン岬が位置している。

フロワード岬を回った後、コースを東進から北寄りに変え、アンブレ泊地(Puerto del Hambre)に錨を降ろしたい。が、岬を過ぎた後、風はどうなるのか?

両側を山々にはさまれた狭水路に於いて、風は水路に導かれて吹く傾向がある。フロワード岬を回った後の風は、二つのケースが推測された。
cape froward

case1(図の緑矢印) :上空の風向(地形の影響を無視した本来の風向)がW~NWの場合、フロワード岬を通過後に水路内の風は陸地に遮られて弱まる。(緑の右向き小矢印3本 )
case2(図の赤矢印):上空の風向がNW~Nの場合、フロワード岬を通過後に風は北北東から吹き、向かい風となる。(赤の左下向き矢印)

仮に後のケースが現実となり、これほどの烈風が向かい風となれば、狭い水路でタックを繰り返しながら、しかも風で起きた表層流に逆らいながら、前進できる見込みはない。

いや、もし可能で、風上に少しずつ移動できたとしても、途中で必ず日が沈み、闇の中で<青海>はおそらく助からない。

この風がいつまで続くのか? 岬を回った後、風はどうなるのか? もし向かい風だったら、どうすればよいのか? 

すべてが未知で、助けてくれる人はもちろんなく、頼れるのは自分自身だけだった。いや、これほどの風の中、自分は何もできないことを、ぼくは知りすぎるほど体で知っていた。


Critical Advice to Sailors
島々の間や狭水路では、風向の判断を誤らないよう、充分な注意が必要である。上空の風(本来の風)の小変化が、海面を吹く実際の風の大変化を招き、小型艇を危険にさらす場合がある。海図や地形図等を詳細に読み、風向と風力を的確に予測することが求められる。



 解説


 月刊<舵>2010年7月号より。

第5話目は、マゼラン海峡の航海です。



突然ですが、ここでクイズです。

日本最南端はどこでしょう?
  1. 青森県
  2. 東京都
  3. ホンコン
  4. 沖縄県

では、アフリカ最南端は?
  1. 喜望峰
  2. ホーン岬
  3. アガラス岬
  4. カボ・サンイシドロ

さあいよいよ今回に関係する問題です。
南アメリカの最南端は?
  1. ホーン岬
  2. ディエゴ・ラミレス群島
  3. 小豆島
  4. マゼラン岬

どうでしょう。意外と知りませんね。
そんな知らない場所の一つが、今回ご紹介する<南米大陸最南端>の、フロワード岬(Cape Froward)です。

えっ? 南米最南端は、さっきのディエゴ・ラミレス群島では? だいいち、最南端はホーン岬だと思っていたのに……。

舵誌を読んだ方は、もうご存じですね。南米最南端ではなく、<南米大陸>の最南端が、フロワード岬というわけです。それより南は、みんな島々なんです。



チリ多島海を南下してホーン岬を目指す<青海>は、マゼラン海峡に入り、フロワード岬を回り、多島海南部最大の都市、人口12万ほどのプンタ・アレナスに向かいました。人の住む場所がほとんどなく、2か月以上も食料を満足に補給できなかったので、ぜひ立ち寄りたいと思ったのです。その後、ホーン岬に向けて、再び南下を開始します。

二十世紀初頭にパナマ運河が開通するまで、マゼラン海峡は太平洋と大西洋を結ぶ船舶の通り道として知られていました。ホーン岬を通るよりは近道であり、外海の波浪から守られているためです。当時、マゼラン海峡の町プンタ・アレナス(Punta Arenas)は、石炭補給基地として栄えたそうです。

それにしても、ずいぶん島々が多いですね。こんな場所をヨットで旅するのは、どんな気分でしょう? 


マゼラン海峡付近の特徴は、その景色のすごさと強烈な風です。 



最初にこの写真をご覧ください。舵誌掲載写真の波の部分です。(左の黒い陸地が、南米大陸最南端、フロワード岬です)

注目してほしいのは、波の頂上部 ― 水が踊っていますね。それから波手前の斜面 ― 平行線状の風紋がついていますね。そして海水が色づいた部分 ― きれいな緑色なんです。

これらは、本当に風の強いとき、しばしば目にする光景です。

張ったセールは、面積2.3平方メートルの特注ストームジブのみ。タタミ1.4枚分。シングル・ベッドに敷くシーツ程度でしょうか。

それでも、<青海>はものすごい速度でマゼラン海峡を進みます。そして、ついには怖さのあまり、セールを下ろしてしまったのです。

ところが、<青海>の速度はほとんど変わりません。マストや船体に受ける風だけで、どんどん進んでいくのです。

でも、どうしてそんなに、マゼラン海峡では風が強いのでしょう。もう一度、マゼラン海峡付近の地図を見てみましょう。
ここをクリックすると、下に地図が出ます。

 水色の板の上に、図上の茶色い陸地部分を盛り上げて、立体模型を作ったと仮定してみましょう。次に、左から右に向けて水を流します。すると水は島々の間に入り込み、隙間を通り抜け、太平洋から大西洋に流れていきます。この地方の卓越風、西風を模したつもりです。

注意してほしいのは、陸がある場合と陸を取り去った場合では、陸のある方が水の流れる場所(断面積)が狭いということです。同じ量の水を流しても、陸のある方が狭い場所を流れるため、流速が早くなります。

つまり、島々の間では、陸のない大海原よりも強い風が吹く可能性があるのです。これはチリ多島海に限ったことではありません。瀬戸内海でも、他の島々の間でも、地形と風向きによっては起こりうることなのです。

そんなわけですから、ただでさえ風の強いパタゴニアにあるマゼラン海峡では、想像を超える烈風が吹き荒れます。こんな場所を走るのは、ヨット乗りにとって第一級の試練になるでしょう。

下の写真を見てください。まるで白骨のような岬、マゼラン海峡の中に突き出すハバナ岬です。太平洋から打ち込む波とうねりと強風に洗われ、ツルツルの不気味な姿を晒しています。いったい、どれほど過酷な自然が、この景観を作り上げたのでしょう。これを見ただけで、マゼラン海峡がどんな所か、理解できた心地になりました。このときの衝撃は、忘れることができません。

(写真にマウスを当てると、地図が出ます。)


これほど風の強いマゼラン海峡ですが、もちろん天気のよい日も訪れます。海峡の両側には山々が並び、遠くの山は青いシルエットになり、高い峰には氷河が青白く見えています。荒々しい山々の斜面に日が当たり、金色に輝いたと思えば、次の瞬間、太陽は雲に隠れ、斜面はたちまち茶色や紫に変化しました。それはとても不思議な光景であり、そんな場所をヨットで走るのは、実に素晴らしい体験でした。

海峡内を進む間、船にはほとんど出会わなかったのですが、二度ほど大型貨物船とすれ違いました。現代では交通路としての重要性が薄れたマゼラン海峡ですが、 パナマ運河を通過できる船の大きさに制限があるため、いまだに通る船があるらしいのです。  



<青海>は1日数十マイルを走り、夜は小さな入江に錨を降ろし、マゼラン海峡の補給基地プンタ・アレナスを目指します。だが、マゼラン海峡では、休息の場である入江さえ、とんでもない所だったのです。


マゼラン海峡をヨットで走る場合、たとえ複数人が乗り組んでいても、安全のため夜間航行は避けるのが賢明でしょう。

そこで昼間に走り、夜は入江に錨を打って停泊するわけですが、プラヤ・パルダ(playa parda)という入江に停泊したときの話をご紹介しましょう。

(写真にマウスを当てると、地図が出ます。)


これがプラヤ・パルダ入江の写真です。

奥には雪を被った峰がそびえ立ち、手前には紫色の不気味な岩山が見えています。その表面を伝って落ちる滝が、鮮やかな白色の筋を引いてます。草や木は、わずかに生えているばかりです。ツルツルの岩々は、ここを吹く風の強さを思わせます。入江に着くなり「物凄い景色の所だな」と感じたのです。

<青海>を停めて錨を打つと、ボートをこいで岸に上がりました。陸からロープを張って、<青海>をつなごうとしたのです。風の強いこの地では、錨だけに頼るのは危険です。

ところが、ロープをつなぐ適当な木が、やはりどこにもありません。草ばかりだったり、たとえ木があっても、小さすぎて弱そうなのものばかりです。これでは、強風が吹いたら錨が滑り、<青海>は流されてしまうかもしれません。

そこで思い出したのは、錨のツメを岩の割れ目に差し込み、そこからロープをとる方法です。どこかのヨット教本で読んだ覚えがありました。

早速、ボートをこいで<青海>に戻ると、15kgのダンフォース型アンカーを積み込んで、再び岸に上がりました。

ところがどうでしょう、岩の割れ目に錨のツメは入りません。錨の軸とツメの角度が小さすぎて、どの割れ目て試しても、ツメは深く入りません。



さまざまなヨットの教本には、さまざまな技法が紹介されていますが、中にはアイデア倒れのようなもの、著者が実際に試さずに、聞いたり思いつきのまま書いたようなものも見かけます。また、よいアイデアでも、状況しだいで、全く役立たない場合もあるわけです。本の記述を鵜呑みにせず、実際に自分で試してみることが大切ですね。

いろいろと試行錯誤したのですが、結局はアンカーを分解して、ツメの部分を取り外し、写真のような十字形の棒を作りました。名付けてロック・アンカーです。(純正品のダンフォース・アンカーは、このように分解できません)

それを岩の割れ目に差し込むと、深々と入り、ロープをしっかりと岩に固定することができました。これで<青海>は岩にロープでつながれて、強風が吹いても流される心配はなくなりました。

その夜、突風の音に何度か目覚めましたが、陸からロープをとっていたので、本当に安心感がありました。

(続く・・・・・・かも。ご質問等があれば続けます。)



追記・質問がさっぱりないので、続けるのをやめました。ガクッ。


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