-- これは実話です --
15話  消滅した航路標識

マゼラン海峡のタマール島で、陸からロープを張って停泊中

tamar island  マゼラン海峡タマール島


ある人物や道具、物などを信頼できると疑わず、頼れるという前提で、ひたすら歩み続けることがある。だが、いざ苦境に陥ったとき、頼るべきものが消えていたら、どうすればよいのか? 南米パタゴニアを横切るマゼラン海峡で、ぼくは失望と恐れの中にいた。


チリ多島海に入って3カ月後、すでに<青海>はマゼラン海峡に達していた。
今日の停泊地に決めたのは、海峡の西口に近い、直径3~4キロのタマール島だ。

頼りにしている米海軍水路誌には、「泊地の入り口は危険であり、視界良好時のみ接近すべし」と、警告文が載っている。

でも、海図と水路誌を見る限り、入り口には航路標識(おそらくコンクリート製の太い柱状建造物)が設置されている。それを目標にして進めば問題ないはずだ。ぼくはタマール島に<青海>の船首を向けていく。

だが、マゼラン海峡は、間違いなく烈風の海だった。ジブ一枚で走る<青海>を、強烈な西風が何度も横倒しに傾ける。海峡の西口から太平洋のうねりが打ち込んで、海面は異常な様相を見せている。

<青海>の周囲では、波長の短い波が高々と盛り上がり、緑色に巻き崩れ、海面を水煙が吹き飛んでいく。乱気流の空からは、ときおりヒョウがバラバラとデッキに落ちてくる。

不意に、<青海>の横で大波が崩れた。ぼくは慌ててコクピットにしゃがみ込む。頭上から海水をどっぷりと被ったが、危うく落水は免れた。

だが、次々と崩れる波に、デッキは絶え間もなく覆われて、潜水艦のように水中を突き進んでいる心地がする。デッキを流れる水の層に波紋がつくほど、風が強い。これが烈風の海、マゼラン海峡の素顔に違いない。

やがて前方の海面には、標高428mのタマール島を確認した。島の泊地の手前には、危険な岩々が点在しているが、航路標識を目印に進めば問題ないだろう。海図上で、標識の位置を再確認すると、タマール島に向けて一直線に舵をとる。

tamar island マゼラン海峡 多マール島
が、おかしい。行けど進めど航路標識は現れない。双眼鏡で白いコンクリート製の柱を探し、さらに進み続けても、人工物らしきものは、なにもない。

気がつくと、海面の所々に岩々が水柱を上げている。泊地の入り口が迫っているのに違いない。

いったい、航路標識はどこにあるのか。それとも、この島はタマール島ではないというのか? いや、間違いのないよう慎重にコースをとってきたはずだ。

「そうだ、標識は消えたのだ。マゼラン海峡の波風で破壊されたのに違いない」

前方には、危険な岩々が並ぶのに、安全な航路を示す標識は消えていた。といって、これほどの強風に逆行して戻れるわけがない。ともかく前進以外に道はない。

が、一番詳しい海図を見ても、満足に水深すら記載されていない。ぼくは周囲の岩々を海図と照合し、懸命に位置を推測しながら、全身の神経を張り詰めて舵をとる。わずかな失敗も許されない。

そうして、いたるところ白波が砕ける海面に、ついにケルプ(大型海草)の切れ目を見つけると、岩々の間を恐る恐る通り抜け、やっとの思いで島陰の泊地に進入した。

それにしても、なんということだろう。命からがら着いた泊地の眺めは、見てはならぬものを見上げたような、一瞬に思考が停止するような、神の姿を仰ぐような、威厳に満ちた岩壁の光景だ。人間をはるかに超えた存在、地球の命、気も遠くなる時間と空間が、心に直接しみ込むようだった。

もしかすると、自分の命が危険にさらされた極限状況だからこそ、人間を超える存在、偉大な命を、全身で実感できたのかもしれない。




Critical Advice to Sailors
灯台、浮標、電波標識、測位衛星(GPS)、等々の人工物は、災害や戦争等により、管理不能、また機能停止となる場合がある。万一に備え、複数の方法による位置情報の取得、機能停止時を想定した航海シミュレーション等、日頃からの対策と危機意識が不可欠である。



 解説


 月刊<舵>20115月号より。

15話目は、再びマゼラン海峡の航海です。

ここでマゼラン海峡のことを少し復習してみましょう。

magellan strait

第5話、烈風のマゼラン海峡でご説明したように、マゼラン海峡は南米の南端部、パタゴニア地方を東西に横切り、太平洋と大西洋をつないでいます。そこから南はすべて島々で、ホーン岬(ホーン島)まで続きます。

赤線が<青海>のコースです。ホーン岬を目指し、チリ多島海を数か月も下ってきた<青海>は、ついにマゼラン海峡に達しました。

しかし、第5話でもお話したように、そこは烈風の海峡でした。島々の間を抜けてマゼラン海峡に入った後、停泊地に選んだタマール島を目指して進みますが、海峡を吹く烈風の立てる波と、太平洋からのうねりが混ざり合い、海面はとても混乱した状態でした。

舵誌の本文で述べたように、<青海>は波をかぶり続け、あたかも潜水艦に乗って水面直下を進んでいるようでした。

tamar-course

しかも、タマール島の停泊地に行くには、岩々の並ぶ危険地帯を通り抜けなくてはなりません。

でも、安全のため、そこには航路標識があるというのです。航路標識って何でしょう?

航路標識 navigational beacons

これらの写真は、<青海>が航海中に撮影したものです。航路標識には、灯台、ブイ、電波灯台等、色々と種類がありますが、今回の話に出てくる航路標識は、岩の上に立てられたコンクリート製の柱のようなものです。

<青海>が目指していたタマール島の停泊地は、入口が分かりにくく、一歩間違えば危険な岩々の間に迷い込んでしまいます。でも、入口の岩の上には航路標識があると、海図にも水路誌にも書いてあったのです。それを目印に進めば、問題なく進めるはずでした。

ところが、全く予想外の事態になったのです。


以下はタマール島付近の海図(チリ海軍発行1105)から引用したものです。右の図上、"I. TAMAR" と書いてあるのがタマール島です。直径数キロの島ですが、等高線から険しい山であると分かります。

目指す停泊予定地は赤丸で囲んだ場所ですが、そこに達するためには、岩々が点在する危険な入口を通らねばなりません。入口部分を左に拡大してあります。

tamar-map2

図上の数字は水深、青い部分は浅瀬、粒々に見えるのは岩々、海草はそれらしいマークで記載されています。

<青海>は図の上のほうから、赤丸で記した停泊地に向けて進んでいきます。海図上の点線は推奨航路で、二本に分かれたうち上の方が、停泊地に向かうものです。

しかし、ご覧のように岩々が点在しており、しかもそれらの岩々は波間に隠れて見えないかもしれないのです。 一歩間違えば、船底が岩に衝突するかもしれません。

そこで、チリ海軍は航路標識を設置しました。下の図は、入口付近をさらに拡大したものですが、赤矢印の先、岩の上に何かそれらしい形が書いてあります。これを目印に進み、その横を通れば、無事に通過できるというわけです。

tamar-map-grande

しかし、それがなかった。消えていたのです。おそらく波と風で破壊されたのでしょう。まだGPSのない時代でしたので、周囲の地形や海面の波のわずかな変化から、岩々や自分の位置を的確に判断して進む必要がありました。それはとても難しく、怖い体験だったのです。

さて、岩々の間をどうにか無事にすり抜けて、停泊場所にやっと着いたのですが、そこは荒々しい岩壁のそそり立つ、想像をはるかに超えた場所でした。

その光景は、とても写真や文で伝えることはできません。人間を超えた偉大なものの存在とパワーが、ひしひしと伝わってくるようでした。岩や岩壁が、昔から信仰の対象とされてきたことも、なるほどと納得できたのです。

tamar sunlight

その岩壁の一か所に、雲の穴を通った太陽のスポットライトが当たりました。すると、その部分だけが信じられないほど金色に輝き、光は刻々と岩の上を移動していくのです。

tamar east view

この写真は、同じ停泊地で撮ったものです。<青海>の位置は同一ですが、カメラの向きはほぼ180度違っています。手前の海面所々に見えるゴミのようなものは、ケルプと呼ばれる大型海草で、スクリューにからみついたり、錨を利かなくしたりするので警戒が必要です。

右の山々が不気味な赤色ですね。これも太陽光が部分的に当たっているためです。時により、場所により、岩々は金色に光る時もあれば、ピンクに輝く時もあったのです。

チリ多島海を下る途中、このような光景をいったい何度目撃したことでしょう。不思議の国か魔法の国に迷い込んだ気持ちになりました。目の前で起きていることが、とても現実とは信じられない心地だったのです。

それらの体験を、写真や文章でお伝えするのはとても無理と知っています。それでも、ともかくお伝えせずにはいられないのです。



***チリ多島海航海の様子は、aomi-storyでもお読みになれます。

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