-- これは実話です --
14話  ウィリウォウ

不気味な島々が続くチリ多島海中部の難破船

big wave 大波

特定の人物や芸術作品、自然災害や最新の科学技術など、そのすごさを本で読んだり、うわさに聞いたりすることがある。だが、実際に巡り合うまでは、その驚異的なパワーを心から実感することはないだろう。
そんな一つが、ウィリウォウだった。


南米大陸の大平洋岸に、南北1500キロを超えて続くチリ多島海。密集する島々の海を下る<青海>が、5度目の猛烈なウィリウォウに遭ったのは、南緯52度、Isthmus入江の中だった。

奥行き3キロほどの、その細長い入江の両側には、荒々しい不気味な岩山が、雨に濡れて人を威圧するようにそびえ立つ。そこは荒涼とした谷間の入江、あたかも世界の果ての光景だ。

島々の間をごうごうと吹く強風も、入江の中には届かない。まわりの険しい山々が、つい立てのように働いて、風の侵入を防いでいた。米海軍発行の水路誌にも、「One of the best anchorages」と記載がある。この安全な停泊地で、今夜は安眠できるだろう。

一日の航海を終えた<青海>を入江の奥に進めると、船首と船尾から合計2本の錨を打ち、晩飯を終え、翌日の航海計画を立てて休息した。

が、出発予定の朝、マストをうならせるほどの強風が、入江の口から吹いてきた。デッキに降ろした帆が破れそうなほど暴れる音もする。ぼくは船室から駆け出ると、体も吹き飛びそうな風の中、帆に打たれてケガしないように近づいて、手早くロープを帆に巻いて固定する。

まわりの海面は、すでに白波に覆われて、マストに当たる突風が、ときおり船体を大きく傾ける。入江の岸では、今にも折れそうなほど、木々が枝を大きく曲げている。圧縮空気の塊のような突風が、もうもうと水煙を上げて細長い入江を駆けるたび、水面に浮いた鳥たちを転がすように投げ飛ばす。船尾につないだ手漕ぎボートは、宙に何度も舞い上がり、ついに水没して姿を消した。

岸の目標物を見る限り、今のところ<青海>の位置は変わらず、どうやら錨は利いている。が、ぼくは怖くなり、風の力を二本の錨に分散させるため、船尾につないだ錨のロープを船首に移動した。

船室に戻ると、船体の周囲に発生した乱気流が、ぼくの体を揺するほど、船腹をすさまじく振動させていた。どうにかしなくては、厚さ5ミリの船腹が疲労破壊され、<青海>は沈んでしまうかもしれない。――と思いながらも、恐怖で何もできず、ぼくはフトンをかぶって震えていた。

実際、この地方の風は常識を超えている。気象観測所が設置されたEvangelistas島のデータによれば 、台風並みの風力8を超す烈風が、週に一度か二度は吹き荒れる。船室の気圧計も、台風並みの974ヘクトパスカルを指していた。とんでもないところに来たものだ。

が、どんな嵐も不運も困難も、永遠に続くことはないだろう。ウィリウォウの烈風が収まると、<青海>は入江を後にして、島々のすき間に帆を揚げる。周囲の水面には、不気味な岩肌の島々が、この世のものと思えない姿で立っている。

でも、おかしい。そのうちの小島の一つが、ペンキを塗ったように赤いのだ。不思議に思って海図を調べると、それは難破船のようだった。

双眼鏡を向けると、デッキの上は4階建てに見え、横倒しのまま船首が水没し、空中に船尾のプロペラが突き出ている。

外洋のうねりも波も届かない島々の海で、これほど大きな船を横転させるほど、猛烈な風が吹き荒れたのか? 

この先、南米南端のホーン岬まで、<青海>は無事に航海できるだろうか?

Critical Advice to Sailors
一見、風からよく守られ、安全と思われる入江でも、特定の風向と地形の組み合わせで、予想外の強風が吹くことがある。他船が安全に停泊した前例があっても、決して油断してはならない。特に無人で現地情報の乏しい場所では、万一に備えた念入りな停泊作業が必要である。



 解説


 月刊<舵>20114月号より。

14話目は、ウィリウォウの体験です。

ところで、ウィリウォウって何でしょう?

語源は明確でないらしいのですが、マゼラン海峡付近やアラスカ、アリューシャン地方に吹く突風性の強風を意味しているようです。



上図のように、高い山々の雪や氷河で冷やされ、重くなった空気が、斜面を駆け下りながら重力によって加速され、海に吹き降ろす、これが成因であるとも言われます。

また、標高の大きな島々が無数に並ぶチリ多島海では、以下のようなことも容易に想像できます。


図のように石を並べ、左から右に向けて水を流してみましょう。一番左の部分では、ゆっくりとした水流も、図の中央付近、白い石と赤い石の間を流れるときは、狭くなった分だけ勢いを強め、速度が増すに違いありません。さらに流れて、黒い石と灰色の石の間の狭いすきまを通るときは、吹き出すほどの勢いになるでしょう。

この石と水流の関係が、多島海の島々と風にも当てはまります。そのため、多島海の島々の間を吹く風は、外海を吹く風よりも強い場合が少なくなく、ヨットにとってしばしば脅威となります。

 

猛烈な風が吹く理由は、他にも色々と考えられますが、ここで実際にチリ多島海地方を吹く風の強さを見てみましょう。



これは手持ちの資料(Sailing Directions for South America 2 by DMA)をもとに作成したもので、チリ多島海の2カ所に於ける月別暴風日数(風力8以上)を表示しています。熱帯低気圧と台風の境目が、風力8(17.2m/s)ですから、風力8がどれほど強いか分かります。

たとえば上図の左側、緑丸の地点を見てみましょう。一月には風力8以上の日が8日もあると分かります。4日のうち1日は台風並の風が吹くということです。地球上には、こんな場所があるのですね。ヨットで走れるでしょうか?

チリ多島海に入る前、チリの首都サンチァゴや港町バルパライソで、航海情報の収集を行ったとき、ニコルと言う名のフランス人に会いました。彼女は夫とともに、チリ多島海を航海してきたと言うのです。彼女がくれたアドバイスには、次のようなものがありました。

・天気の急変が激しい。そのため、大きなセールを張ってはならない。一日に5回もストームジブに取り替えたことがある。
彼等は二人で航海したのですが、<青海>は一人だけです。これほど風の強い島々の海を、シングルハンドで無事に航海できるのでしょうか?
自信は全くありませんでした。


想像もつかない強風の吹くチリ多島海ですが、そこで目撃した難破船の写真が、今回の舵誌に掲載されたものです。船の部分を拡大してみましょう。

ship wreck in patagonia

ご覧のように、船首は海につっこみ、真っ赤にさびた船腹には、潮の満ち引きの跡がついています。船尾のプロペラは空中に出て、デッキの上に4階建てほどのブリッジと煙突があります。違う角度からの写真も見てみましょう。

wreck in patagonia2


いったい、どうして横倒しになったのでしょう。風の力で、横倒しになったのでしょうか。強風に流されて座礁し、浸水してバランスを崩したのでしょうか? 

paso shoal

これは、チリ海軍発行の海図です。赤丸をつけた場所に沈船の印がついているのがわかります。点線が通常の船舶航路です。そこから沈船までは、1キロほども離れています。

なぜ、コースを外れたこんな場所にいるのでしょう? コースを間違えたのでしょうか。それとも、強風に吹き流れて、コースを外れて座礁したのでしょうか? 

pto mayne

これは沈船の百数十キロ北、Mayneという名の入り江です。左中央付近に停泊した<青海>から、ボートをこいで陸に上がりました。強風の日が多いせいか、ふもとを除いて山には木がありません。紫色に見える岩肌が、風と雨に浸食されて不気味な光景を見せています。

あたりは完全な無人地帯で、300kmほど北のプエルト・エデン(航海記・物々交換の村)、そして航路で200kmほど離れた南東のプエルト・ナタレスまで、人の住む場所はありません。

この寂しい荒涼とした島々の海を、想像を超える強風が通り過ぎていきます。そんな場所をヨットでは走るには、確実な停泊技術が必要です。もし一つの間違いでもすれば、あの難破船のようになるかもしれません。

でも、アンカーはどう打つのか? 打つ最適な場所は? 望ましい海底の条件とは? どんな錨がよいのか? 陸からロープをとるのはどうなのか?

チリ多島海に入る前、何冊も本を読んで勉強したのですが、強風の中を数か月も航海し、ウィリウォウの中で何度も停泊を繰り返すうちに、より多くのことを学び、技術を磨くことができました。以前に本で学んだことには、迷信のようなもの、全く現実的でない机上の空論が多いことも分かりました。

それらの技術的な内容は、また別の機会にお伝えしましょう。


***チリ多島海航海の様子は、aomi-storyでもお読みになれます。

up↑

トップページのメニューへ