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-- これは実話です --
19話  ホーン岬上陸作戦

エピソードの詳細は、航海記「ホーン岬上陸作戦」を御覧下さい。




 解説

cape horn   cape horn landing
月刊<舵>20119月号より。

19話目は、ホーン岬への上陸です。

ホーン岬上陸は、<青海>の航海で大きな山場の一つです。
というのも、ヨットによる上陸は、前例も必要な情報もほとんどなく、実現可能かどうかも全く分からず、さまざまな困難を伴ったからです。

では、地図で位置を確認してみましょう。

CapeHorn position

南緯55度59分、日本で言うと北海道のさらに北、カラフト北端よりも高緯度で、ほぼ地球の裏側に位置しています。

1914年にパナマ運河が開通するまで、太平洋と大西洋をつなぐ航路は南米南端を回るものしかなく、貿易船も軍艦も、ホーン岬かそれより少し北のマゼラン海峡を通らねばなりませんでした。

しかしながら、南緯50度ともなると、海の荒れ方は北半球から来た船乗りを震え上がらせるほどで、多くの船が嵐で遭難し、ホーン岬は恐怖の岬として語り伝えられたと言われます。(北半球に比べ、南半球の風が強い理由については、BluewaterStory02 炸裂する波頭 の中頃をご覧ください。)

そしてパナマ運河の開通とともに、ホーン岬は海上交通の要所としての役目を終えますが、やがて地球の果ての岬は人々から忘れられ、「恐怖の岬」という伝説だけが残ったようです。

Cape Horn illust

これが伝説の岬、ホーン岬です。米海軍水路誌のページをコピーしたものです。

<青海>で日本を出る前から、ホーン岬に強く憧れ、ぜひ行ってみたい、伝説の地を自分の目で確かめたいと願っていましたから、上の絵の部分を切り抜いて薄いプラスチックケースに入れ、いつも胸のポケットにしまっていたのです。朝8時半に会社に着くと、ワイシャツの胸から出して机に置き、夜の残業が終わると、再び胸にしまって会社の寮に戻りました。

それほど憧れたホーン岬ですが、自分の目で見るだけでは不満でした。というのも、目で見るだけなら、写真やテレビで見ることも出来ますし、夢で見ることもできます。それらと、どう違うのでしょう。見たからといって、本当にその岬に行ったことになるのでしょうか?

そこで考えたのは上陸でした。ホーン岬に上陸し、自分の足で実際にホーン岬を感じたいと思ったのです。そして、ぜひとも記念の石を拾って来たい……

が、その前をヨットで通過しただけで、一流のヨットマンとして認められる岬です(と言われているそうです)。そこを通るだけで命がけなのに、上陸までしようというのです。そんなことが本当に可能でしょうか? 単なる夢に過ぎませんでした。


ホーン岬を目指す<青海>は、チリ多島海を南下する途中でマゼラン海峡のプンタアレナスに立ち寄り、上陸作戦のための情報収集を行いました。20世紀の初頭にパナマ運河が開通するまで、この町は太平洋と大西洋をつなぐ航路上の石炭補給基地として栄えたと言われ、2002年の人口は約12万。多島海第2の町であり、約600kmも続くマゼラン海峡中唯一の町でもあります。

punta arenas town

それまでも港に寄るたびに、ホーン岬の情報収集に努めてきましたが、ここでは海軍船リエントゥールに横付けし、色々と話を聞き、海図を最新の状態に修正することができました。そればかりか食事を御馳走になり、シャワーを使わせてもらい、こちらから要求してもいないのに、彼等は燃料50Lとエンジンオイルまでくれたのです。

とはいえ、彼等がホーン岬付近に行ったのは一度きりのようで、詳しいことを質問すると、チリ海軍の水路誌を開いて調べてくれるのですが、確かな情報は得られませんでした。

<青海>には、米国海軍発行の水路誌が積んでありますが、ホーン岬付近に関しては、ごくさらりと解説してあるだけで、上陸に必要な情報は皆無です。しかしながら、チリ海軍発行の水路誌には、より詳しい情報が載っているようでした。

幸いにも、以前にチリ海軍の本部があるバルパライソに寄ったとき、チリ海軍発行水路誌のホーン岬に関する部分を、コピーしてもらっていたのです。そこで急いでプンタアレナスの町に出て、本屋を探し、スペイン語の辞書を買うことにしたのです。さすがにスペイン語-日本語の辞典はありませんでしたが、スペイン語-英語の辞書は簡単に入手できました。

この町に寄った目的のもう一つは、ホーン岬に備えてエンジンを万全な状態に整備することでした。日本から送ってもらうピストンリングをここで受け取ることになっていたのです。 航海記物々交換の村にも書きましたように、<青海>のエンジンは少し調子が悪かったのです。(後ほど判明したのですが、現地で購入した粗悪エンジンオイルのせいでした。)

しかし、この町の港は、実はとんでもない場所だったのです。

punta arenas


上の航空写真が、プンタアレナスの港です。この場所でマゼラン海峡の幅は30kmほどもありますが、そこに一本の桟橋が突き出しているだけなのです。防波堤も何もありません。小型艇にとっては、間違いなく悪港と言えるでしょう。


ただでさえ風の強いマゼラン海峡です。押し寄せる波と岸に反射した波が定常波となり、高さ1メートル以上もの三角波を立てる日もあったのです。桟橋の<青海>は大揺れで、隣の漁船と何度もぶつかり、パルピット(金属製の手すり)は曲がり、スタンション(手すり代わりのワイヤーを通す柱)の台座は壊れ、ついには窓も割れてしまいます。
(マゼラン海峡の風の強さ、景色のものすごさについては、BluewaterStory第5話 烈風のマゼラン海峡を行くをご覧下さい)

<青海>は大急ぎで、港を後にしなくてはなりませんでした。



延々と続く無人地帯をさらに半月ほども下り、次に着いた町は、プエルトウィリアムスという小さな海軍基地でした。

Cape Horn map

目標のホーン岬まで150キロ程度。ホーン岬上陸作戦の基地となる小さな港です。下の写真が、プエルトウィリアムス(Puerto Williams)をビーグル水道から撮影したものです。

Puerto Williams

中央に通信用アンテナ塔、そこから左に向けて住宅が続き、三角屋根の教会堂も見えます。山肌が赤っぽく見えるのは、紅葉によるものです。時期は4月、南半球ではそろそろ冬が近づいています。

さて、ここでは上陸作戦のための情報収集を行うのですが、その様子の一部を、航海記のページに「ホーン岬上陸作戦・1」として掲載中です。ぜひご覧ください。


ホーン岬とは、厳密にはホーン島の最南端を指しすが、慣例的にはホーン島を意味しています。下の地図から分かるように、ホーン岬(島)は群島(wollaston群島)の南端に位置しています。
capehorn map

海軍基地の町プエルトウイリアムスを出発した<青海>は、130キロほど先のリエントゥール入江(地図上①)に停泊後、ホーン岬に向けて出発しました。


wollaston island
出発時の写真です。位置は地図の②付近。南緯55度を超す島々の荒々しい岩肌を、朝日が照らしています。幸いにも天気に恵まれ、すがすがしい朝でした。島々の間のため、うねりはありません。しかし、ところどころにケルプと呼ばれる大型海藻があり、スクリューにからまないよう注意が必要です。帆を揚げて走っていますが、非常時に備えてエンジンも回転させ、待機しています。ときおり、山々から突風が吹き下ろし、<青海>は大きく傾きますが、実に爽快な朝でした。

capehorn from NW
ホーン島の北西まで進みました。写真右寄り遠方に、ホーン岬の頂上が見えています。 この辺りは、「ホーン岬上陸作戦・1」に出てくるコマンダンテから、調査が不十分なため注意して航行するよう、アドバイスを受けていました。海図にない暗礁を警戒して、恐る恐る進みます。

capehorn from west
ホーン島の西側に来ました。風はたいしてありませんが外海ですので、それなりのうねりがあります。長年憧れたホーン岬が動物か何か、生き物のようにも見えます。それにしても、この上天気はどういうことでしょう。これが本当に恐怖の岬なのでしょうか?

capehorn from SW
ホーン岬の南西部に着きました。この辺りから針路を変えると、神経を張り詰めて危険な岩々を警戒しながら、岬に接近を試みます。上陸の候補地点は岬南端の横にあるはずです。それにしても、怖いような威厳のあるような、「魔の岬」にふさわしい姿でそびえています。

capehorn from  south
あまり近づくと、海図に記載のある海底の岩、もしくは未発見の暗礁にぶつかるかもしれません。しかし、上陸地点を確認するためには、岸に接近しなくてはなりません。この写真は岬の南端直前まで近づいたときのものです。太陽が逆光となり、標高406m(チリ海図の数値。米海軍水路誌には424mとある)のホーン岬は、荒々しい黒岩のシルエットになりました。測深器の表示と海面を交互に見つめながら、海底の地形の変化に細心の注意を払い、息をこらすようにして進みます。

やがて、一つ目の上陸候補地点が現れますが(コースの線が上に凹んでいる地点)、 海岸に砕ける波の状況から上陸に不適と判断すると、暗礁を大きく迂回して島の東、二番目の候補地点に向かいます。(コース矢印の先端)

そこで付近の状況を確認し、錨の試し打ちを行いますが、この日は残念ながら上陸できませんでした。そして急に強まりだした風の中、<青海>は再びリエントゥール入江に戻ります。それまでの好天が幻だったように、ホーン岬に嵐が戻ってきたのです。(航海記のページに「ホーン岬上陸作戦・2」として掲載中)




ホーン岬に単独で上陸する場合、心配なのは急に嵐が来た場合の対応です。突然に強風が吹き始め、陸からボートで<青海>に戻ることができなくなるかもしれません。そしてさらに風が強まれば、 <青海>は無人のまま吹き流されてしまうでしょう。

それを防ぐためにも、完璧な停泊技術が必要でした。どんな風にも負けない確実な停泊、錨の打ち方が不可欠でした。

ですから、チリ多島海を南下する数か月間、何度も何度も入江に錨を打って停泊しながら、アンカリングの技術を磨いてきたのです。

types of anchor

これらは、<青海>に装備した3種類の錨を撮影したものです。なぜ3種類もあるのでしょう? 1種類のアンカーだけではダメなのでしょうか?

実は、海底の質により錨を使い分ける必要があるのです。
①のC.Q.Rアンカーは、泥には効果的ですが、岩にはほとんど無力です。
②のダンフォース型は、砂に定評がありますが、岩や海藻には向きません。
③のフィッシャーマン型は、岩や海藻にも比較的効果があると言われますが、他の錨に比べて海底に埋まる部分の面積が狭く、保持力が大きくありません。

このため、ホーン岬周辺に錨を打つ場合は(ホーン岬に限ったことではありませんが)、海底の質をよく見極め、最適な錨を選ぶ必要があるのです。そしてまた、錨を打つ場所の付近を、測深器で詳しく調査する必要もありました。錨を打つ前に、海底の地形をよく把握しておかなくてはなりません。どうしてでしょう?

anchoring-tech1

これは、一般的な錨の打ち方を示したものです。錨のロープは水深の3倍から5倍の長さが必要と言われますが、それは海底とロープの角度θを小さくするためです。ちなみに3倍のときθ=19°、5倍のときθ=12°です。この角度が大きいと、ロープを引くことにより錨は上に持ちあがり、海底から外れてしまいます。

多くのヨット教科書には、このように水深の3倍から5倍のロープを使うように書かれていますが、それは必ずしも正しくありません。

anchoring-tech2

なぜなら、海底は平坦とは限らないからです。図の①のケースでは、ロープが長いにもかかわらず、海底とロープの角度は大きく、ロープが引かれれば錨は海底から簡単に外れてしまいます。

しかし②のケースでは、ロープが短いにもかかわらず、海底とほぼ平行になっており、ロープが引かれても錨は外れず海底にとどまります。

つまり、錨を下ろす前に、海底の地形、凹凸、ときには沈船等の障害物の有無も測深器で十分に確認しなくては、確実なアンカリングはできないのです。

ホーン岬の上陸地点を下見した際、残念ながら上陸はできませんでしたが、<青海>を縦横に走らせて海底の地形を調査し、上陸地点の見取り図も作りました。あとは嵐が過ぎ去るのを待ち、再度挑戦するばかりです。


それでは、上陸作戦のルートをご説明しましょう。下の図①、リエントゥール入江を出発後、海藻と岩々に注意しながら島々の間を2時間ほど走り、②の地点に到達します。ここでやっとホーン島が見えてきますが、さらに一時間ほど走ると、前回に下見をした上陸予定地③に着きます。
CapeHorn landing map

下の写真が、①のリエントゥール入江です。
Lientur bay near CapeHorn
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ここは嵐から守られた良好な入江で、まわりを山々に囲まれています。頂上はすでに白く雪を被っていますが、よく見ると画面中央右には白い滝も写っています。手前の山々と奥の山々の間には湖があり、そこから海に水が流れ落ちているのです。上陸して歩いてみたくなりました。

Cape Horn from the North
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②地点からの眺めです。島々の間を恐る恐る抜け、やっと外海に出ました。写真中央にはホーン岬の頂上が見えています。雲の穴から太陽のスポットライトが差し込み、偶然にも頂上を照らし出しました。息を呑むような瞬間でした。

Cape Horn landing place
地図を表示
③の上陸地点です。幸いにもホーン岬自体に妨げられ、風も波もたいしてありません。しかし、<青海> のマストが傾いていることから、少し沖では強風が吹いていることが分かります。また、右の拡大写真では、<青海>の周囲の海面は白波に覆われているように見えます。デッキの少し上には大きな日の丸、その右上にはチリ国旗もはためいています。岩場には、上陸用ボートが白く写っていますが、これは米国で買ったポリプロピレン製折りたたみボートです。<青海>のエンジンは、非常時に備えてアイドリング中です。



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中央に見えるw字型に続いた2つの湾のうち、右側が上陸地点の湾です。衛星写真上、w字の中央付近に出島のようなものが見えますが、これは一つ上の写真で中央左上に見える岩と思われます。実は、この辺りの海図は不完全で、海図上の地形は実際と異なっていましたから、衛星写真を見て初めて、上陸点の正確な位置が判明しました。 (衛星写真を拡大すると、湾を埋めた海藻、陸上にはチリ海軍の見張り所も確認できます。)

seaweeds near Cape horn
1時間の上陸を無事に終え、撤収時の写真です。海藻が海面を覆っているため、注意しないとプロペラにからまり、エンジンが使えなくなるかもしれません。このとき、雲間から一時的に日が差し込み、あたりは明るくなったのですが、まもなく空から雹が降り始め、風も勢いを増してきました。岬を急いで離れなければなりませんでした。

ホーン岬上陸の詳しい様子は、
***航海記「ホーン岬上陸作戦」を御覧下さい。***



***チリ多島海航海の様子は、aomi-storyでもお読みになれます。

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