-- これは実話です --
20話  冬の迫り来る氷海で
big wave 大波
マスト上から撮影。右上に黒い長靴の足先が見える。デッキには上陸用ゴムボート、パドル、フェンダーとシーアンカー兼用のタイヤ、停泊用ロープ等々が置かれ、デッキと海面の氷は薄雪に覆われている。写真右上端の氷上には、よく見るとペンギンの足跡がついている。(写真右上部を拡大)

とある南極基地で、ぼくは意を決して切り出した。

「お願いです。冬の間、ここで働かせてください。南極を脱出しようにも嵐ばかりの毎日です。このまま悪天候が続いて冬が始まれば、ヨットは雪と氷に埋もれます。越冬に必要な食糧も燃料もありません」

が、それに対する返答は、あまりにも当然なものだった。

「基地に頼るつもりで南極に来るべきではないのだよ」  

そういえば、ぼくは最初から、基地を当てにしていたのだ。いざとなったら基地に逃げ込もうと考えていた。  

南極に向かう直前、南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで、ぼくはアメリカ大使館に電話をかけて、こう聞いた。

「南極半島のパーマー(Palmer)基地は、現在も活動中ですね?」  

いざとなったら、どこかの基地に行き、助けを求めるつもりだったのだ。  

3年前、ブエノスアイレスに着いて南極航海を思い立ったとき、それは単なる不可能な夢に過ぎなかった。<青海>のような小さなヨットで南極に行くなど、とても無理に思えたし、大型ヨットによる航海の前例があることも、ぼくは全く知らなかった。  

<青海>が停泊していた南米と南極の間には、世界最悪の海と呼ばれるドレーク海峡が続いていた。24フィートの小さなヨットが、ドレーク海峡の嵐に耐えられるだろうか? 氷山がしばしば目撃され、夜間に衝突する危険のある海域を、レーダーのない<青海>は無事に渡ることができるのか?  仮に運よくドレーク海峡を通過して、南極沿岸に到達できても、無数に浮く氷でFRP製の船体は削られて、走行中に穴が開くかもしれない。まわりを氷に囲まれて、身動きできずに冬が来れば、<青海>は氷の圧力で破壊されるだろう。  

――それくらい、常識あるヨット乗りなら誰でも分かっているはずだ。でも、それでも、ほくはどうしても挑んでみたかった。地球最南の白い大陸、未知と氷に支配されたフロンティアの世界に、なんとしても自力で到達したかった。それまでの人生からは想像できないほどの鮮烈な景色、胸躍る体験が、必ず待っていると信じていたからだ。

「不可能かどうか、ともかく挑戦してみよう」そう心を決めると、ブエノスアイレスの国立図書館や南極研究所を回って資料を集め、資金稼ぎのアルバイトに励み、氷に備えて<青海>の改造も開始した。  

FRP製の船体は、ステンレス板と金網で補強し、高所から氷を見張るため、マストに上り下り用のステップを取り付けた。ウインチのグリースを低粘度に変え、アイスアンカーを試作し、バッテリー液を比重1.28に調整し、氷海に備えて数々の準備を整えた。  

そしていよいよ南極に向かう途中、嵐で<青海>は転覆し、マストを失い、命からがら陸に戻り着く。が、それでも、あきらめはしなかった。一年の準備の末、再び挑戦し、ついに念願の南極に到達した。  

最初に錨を下ろしたのは、南極で一番有名な火山島、ドーナツ状のデセブション島だった。さらに南下しながら、氷に覆われて光り輝く南極の山々の間を帆走し、ペンギンのルッカリー(集団営巣地)を歩き、氷河の溶けた水で飯を炊き、南極大陸の雪面に足跡もつけた。生まれて初めての体験が続く、忘れられない鮮烈な日々だった。  

が、それに満足して引き返せばよいのに、ぼくは<青海>の船首を、さらに南の基地に向けたのだ。冬の迫り来る南極を、ただちに脱出しなければ、ヨットは氷に閉じ込められてしまうのに。


 解説


 月刊<舵>20121月号より。

20話目は、南極航海のスタートです。

それにしても、ヨットで南極に行けるなんて、思いもしませんでした。 南極は、遠く、寒く、氷山に衝突するかもしれず、ヨットで行ける場所ではないというのが印象でした。ヨットによる太平洋横断や世界一周は、まあ想像できますが、南極に航海するというのは想像の範囲外だったわけです。

では、そんな場所になぜ行こうと決めたのでしょう?

南極越冬記 西堀栄三郎著きっかけの一つは、中学生時代に「南極越冬記(西堀栄三郎著)」を読んだことでしょうか。タロとジロの話で有名な、第一次南極越冬隊の記録です。(タロとジロの生存を確認したのは後の観測隊であり、この本にその話は出てきません)

これを読んで以来、いつの日か南極に行きたいと思うようになったのかもしれません。

そしてもう一つは、チリ多島海を無事に通過できたことでしょうか。

というのも、かつて南米大陸と南極大陸の一部は地続きであり、ゴンドワナ大陸と呼ばれていたというのです。ゴンドワナ大陸は、他にもオーストラリアやアフリカも含む巨大な大陸だったということですが、しだいに分離して、2300万年ほど前には南米大陸と南極の一部に別れたというのです。

ですから、南米と南極の一部(南極半島部分)は兄弟、地形も似ているのは当然です。チリ多島海で鍛えた航海技術を生かせるかもしれないと思ったのです。

では、地図で位置を確認してみましょう。
南極地図

左のような普通の世界地図で見ると、南極は地図の底で、形も大きさもよく分かりません。右側が、南極を中心に地球を見た図です。

南極の大きさ、どれくらいか御存知ですか?  実は、オーストラリア大陸の2倍もあるというのです。でも、その半分は氷で、実際の大陸の面積はオーストラリアと同程度らしいのです。

右の図から、アフリカ、南米、オーストラリアとの位置関係が分かります。また、日本の昭和基地は、アフリカの南方に位置することも分かります。

これらの大陸のうち、一番近いのが南米大陸です。図を見て分かるように、南極から南米に向けて、半島が細く延びています。南極半島と呼ばれるその場所までは、南米南端ホーン岬から1000キロ足らずです。太平洋横断約10000キロに比べると、わずか十分の一に過ぎません。どうして行かずにいられるでしょうか。

とはいえ、そこは並大抵の海ではありません。南米大陸と南極を隔てるドレーク海峡は、地球最悪とも言われる嵐の海らしいのです。

図で分かるように、船の墓場、恐怖の岬と呼ばれるホーン岬よりも、さらに南極に近いのです。それほど危険な海を<青海>のように小さなヨットで航海できるものでしょうか?

また、仮に南極沿岸に到達できたとしても、氷に閉じ込められて、身動き出来なくなるかもしれません。鋭い氷が<青海>のFRP製船体に穴を開けるかもしれません。問題点が多すぎて、どう解決したものか、途方に暮れるばかりでした。

でも、どうしても行きたかったのです。何が何でも南極に到達したかったのです。南極にこれほど近いアルゼンチンのブエノスアイレスに停泊中というのに、南極に行かずに我慢出来るはずがありません。このチャンスを逃したら、一生の間、もう二度と南極に行くチャンスはないかもしれません。

「ともかく挑戦してみよう」そう決意を固めると、情報収集を始めることにしたのです。


そんなある日、ブエノスアイレスの日本大使館を訪ねると、顔見知りになった職員の人が、日本の新聞の切り抜きを渡してくれたのです。

newspaper それは、南極を訪ねた谷川俊特派員のレポート(新聞社名不詳、御存知の方は連絡願います)で、南極の天気の特徴が書かれていたのです。以下に引用してみましょう。

つい数時間前まで、白夜の空が、つき抜けるような青さだった。気温も零度近くまで上がって「夏」を思わせた。ヘリコプターが、好天を機に補給艦からマランビオ基地へ越冬のための燃料をピストン輸送していたのだ。
ところが、みるみる雲が覆い、陸地も空も、そして海までも灰白色でぬりつぶされ、区別さえつかなくなった。
「南極は、夏でも、これだから怖いのですよ。天気の急変でこれまでどれだけの犠牲者が出たことか」とバリオス艦長。
吹雪は少しおさまった。マランピオ基地をあとにし、南極半島突端のエスペランザ基地へ。到着までわずか一二時間の航海だった が、空はさきほどまでのあらしがうそだったかのように、からりと晴れ上がっ た。

 

そればかりか、渡された切り抜きの中には、<青海>に関する次のような記事もあったのです。

「南極へ向かう直前、南米 大陸最南端のビーグル海峡で「ヨシ・カタオカ」と名乗る日本人の一人乗りヨット「アオミ号」に出会った。 「カタオカは、今アルゼンチン、チリを回っているが、今年暮れには南極に向かう、といっていた。でも、一人ではかなり危険だ。氷山の監視が十分できないからね」とアルグーさんは心配顔だった。


南極航海で通常と大きく違うこと、その一つは氷山の存在でしょうか。
氷山 iceberg
この写真の氷山、いったい何メートルの高さがあるでしょう? 海面に出ているだけで、この大きさです。氷山はその九割ほどが水面下にあるわけですから、全体を想像してみると、かなり大きな氷の固まりですね。

もし、航海中に衝突したら、<青海>はたちまち壊れて沈むかもしれません。

limit of ice

この図は、これまで(西暦1772年以降?)に氷山が目撃された海域を示したものです。赤い矢印が、<青海>の予定コースです。矢印の先端部、南極半島に行くためには、灰色の模様で示された危険海域を通らなくてはなりません。

もちろん、この海域では過去に氷山が目撃されたというだけで、通れば必ず氷山に遭遇するわけではありません。もしかすると、あまり心配しなくてよいのかのもしれません。

とはいえ、南極に接近するにつれ、氷山に出合う可能性は間違いなく高まるでしょう。寝ている間に衝突する危険は、決して小さくないはずです。

bed mirror
そこで考案したのは、上のような大型ミラーの設置です。船室のベッド(クオーターバース)に寝たまま、目を開けるだけで前方を見張ることができるものです。船外のミラーを船内から見ることができるよう、スライドハッチに穴を開け、透明窓を設けてあります。また、ミラーに大波を受けた場合、安全ジョイントが働いてミラーを破損から守る構造や、予備のミラーも数枚準備しておきました。

写真の左側が、ベッドに寝た姿勢のまま、ミラーを見上げたものです。黒いマスト、ブーム、水平線が鮮明に写っていることが分かります。近くに氷山があれば、必ず見つかるはずです。

そして南極航海に於けるもう一つの危険は、比較的小さな氷、流氷等との接触です。

brash ice  屑氷
氷より硬い鋼鉄製の船体なら、問題は少ないのですが、<青海>の船体は強化プラスチック(FRP)ですから、氷に削られて穴が開くかもしれません。

船体補強
そこで色々工夫した末、船腹をステンレスのメッシュで覆うことにしました。このメッシュに氷を押しつけて動かせば、かき氷ができますから、明らかに氷から船体を守ってくれそうです。写真はメッシュの上からファイバーグラス(透明)を張って固定した状態です。

また、写真から分かるように、船首にはステンレス製(板厚4ミリ)のV字型カバーを取り付け、衝突時に船首部の破損を防ぐ工夫もしました。

他にも、船首内部の強度を増すため、補強構造を設け(Ice beamと呼ばれるものを含む)、万一の浸水に備え、二重の水密区画も作っておきました。

このように、色々と新しい工夫をしたのですが、それが本当に役立つのか、前例がないだけにとても不安だったのです。

でも、できる限りの準備はしたつもりです。うまくいくかどうか、全く分かりませんが、ともかく挑戦しようと決めました。


**南極航海の準備と改造については、BluewaterStory 06にも解説があります。**


このページの白い背景は、南極大陸の雪面写真から作成しました。

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