-- これは実話です --
貿易風の流れる海で
Hints for safe sailing
貿易風帯は、決して穏やかな海ではない。場所と季節により、ときには風力7を超えるため、注意が必要である。
実際、<青海>が北東貿易風帯を抜け、赤道を越えて入った南東貿易風帯では、風力6近い強風が、休むことなく半月ほども吹き荒れた。
解説
月刊<舵>201x年x月号より。
貿易風帯の航海です。
実は今回のタイトル、「恒信風の流れる海で」というものでした。ところが最終段階で編集部から、これではまずいという話が出たのです。「恒信風」という言葉が一般的ではないということでした
もともと、"trade wind"の "trade"は、"track"等の「道」を表す言葉であったようなのですが、それが今日では貿易の意味に使われているらしいのです。
「コンスタントに吹く風」という意味では、やはり「恒信風」の方が適切かもしれません。
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貿易風の特徴は、風向と風力が驚くほど安定していることです。貿易風帯に位置する島や陸上では、日射により地面が暖められることにより、風の日変化が起きるため、貿易風はそれほど安定しないかもしれません。しかしながら、自分の体験ばかりではなく資料を調べても、海上では驚くほど一定の強さと方向で、貿易風は吹き続いています。もちろん、今、この瞬間も。
貿易風帯の特徴の一つは、空に点々と浮く積雲でしょうか。舵誌の写真は、北米大陸から南米大陸を目指す途中、南半球を吹く貿易風帯の南端付近で撮影したものです。毎日毎日、こんな空を見ていると、自分がいる時代を忘れてしまいそうです。数百年も前に同じ海を走った貿易船の人達も、全く同様の景色を見ながら、同じようなことを感じ、考えたに違いありません。時代という区分は、この海には存在しないのかもしれません。彼らと会えそうな気さえしたのです。
貿易風は、一定の方向と強度で吹く性質上、それが追い風であれば天国ですが、強い向かい風で吹かれると、ひどい目に遭います。<青海>が走った南半球の貿易風帯が、そうでした。
毎日毎日、風力5から6の海を、風に逆らって走るのです。しかも安定して吹く貿易風ですから、こちらの休み時間がありません。二日経っても、一週間過ぎても、半月後も、風は吹き方を変えません。普通なら、数日の強風のあとには、必ず軽風や凪が訪れるのに、それがないのです。ピッチングが激しくて、体がもたないと思いました。
貿易風帯の航海で、他にも印象に残っているのは、暑さです。デッキがたとえ白くても、ゲルコートや塗料の種類で赤外線の吸収特性が違い、キャビン内温度の上昇をまねく場合が少なくありません。<青海>のキャビンは、38度近かったと思います。通常の航海で1日1.3Lだった飲用水の消費量は、2Lほどに増し、狭いバースにU字型に敷いた布団(普通の家庭用布団です)のシーツは、汗だくになりました。シーツではなく、ゴザのような物を敷ていてからは快適でしたが。
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南半球の貿易風帯を抜けた辺り(地図上、南進から東進への転換点付近)には、イースター島がありました。<青海>は、そのすぐ近くを通ったのです。
迷いました。寄港しようかと何度も思いました。この不思議な島に立ち、あの巨石群を自分の眼で見、何かを感じたい。いや、感じなくてはならないと思ったのです。
そこで米軍水路誌を開いてみると、「錨泊に適した入江がない。特別な場合を除き、この島に立ち寄ることを避けるよう、強く勧告する」
と書かれているではありませんか。
実際、日本人夫婦が上陸中、嵐が来てヨットが流され、飛行機で帰国した例もあったと聞きました。でも、自分は決して、それをやってはならない。たとえどんなことがあっても、<青海>と自分を守らなければならない。
シングルハンドではリスクが大きいと考え、寄港をあきらめました。クルージング中、いろんなチャンスが訪れますが、それを逃してしまうと、一生手に入らないことは多いですね。
イースター島の巨石群について、当時はさまざまな説があったと思います。宇宙人の仕業という話も聞きました。
実は、水路誌を調べていて見つけたのですが、イースター島の北岸では、強い磁気異常が観測されていたのです。過去に落下した巨大な隕石、あるいは宇宙船の残骸が埋まっているのでしょうか。やはり行ってみたい。でも、コンパスが使えなくなったらどうしよう。残念ですが、島に寄るのはやめました。
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