-- これは実話です --
水没した山々の海で
Critical Advice to Sailors
足船でヨットを離れる際、特に無人の入江では、突然の気象変化や潮流等に備えて小型アンカー、ロープ、船外機艇では予備パドル、状況によっては小型無線機、非常食等の携行も考慮すべきである。「短時間だから」と思う気持ちが、事故を招く場合がある。
解説
月刊<舵>2011年7月号より。
チリ多島海南部、Ocasion湾付近の航海です。
南米南端ホーン岬を目指す<青海>は、チリ多島海を3か月以上も下ってきましたが、ある日Ocasionと呼ばれる小湾に向かいました。地図で位置を確認してみましょう。
マゼラン海峡のさらに南、南緯54度を超えた水域です。このあたりになると気候は一層厳しく、やはり山々には木々がほとんど生えていません。水辺に低い木々が少し生えるか、草が茂っているだけです。下の写真から分かるように、水路の岸には岩山が並んでいます。
それらの岩々の上を、太陽のスポットライトが刻々と移動していくのです。
これまで多島海を数か月も下るにつれ、しだいに景色は物凄いものに変わって来ました。雨の日が一年で三百数十日と言われる多島海中部の不気味な島々、マゼラン海峡の想像を絶する泊地の風景、しかしそれらにおとらず、このあたりの景色は物凄いものでした。
しかも、周囲には誰も住んでいないのです。荒涼として、寂しく、不気味で、もしかすると本来の地球の姿を目撃したような、不思議な体験だったのです。
上の写真が、今夜の泊地Seno Ocasionの入口です。前方の山々の間から進入していきます。
そろそろ日が落ち始め、雲が色づいています。風はほとんどなく、3.5馬力のエンジンで4ノットの速度が出ています。
帆はすべて下ろしてあります。黒いマストの右に見えるのは折りたたみ式手漕ぎボート(すでに組み立ててあります)、その右はマストを支えるワイヤーに巻き付けた赤青白三色のチリ国旗です。
やがて泊地に入っていくと、さらに日が落ちて、岩々は濃い紫色に変わってきました。と、そこに何か人工物のようなものが見えたのです。ヨットです。こんな人里離れた場所で、ヨットに遭遇するとは意外なことでした。
*
さらに近づいてみると、紫色に染まった岩山の前には、全長10m ほどのヨットが停泊中で、船尾には星条旗がはためいています。
「ハロー」と声をかけてみました。するとしばらくして男が顔を出し、フェンダーの準備を始めました。横付けしろというのです。
この湾には、実はチリ海軍が設置した停泊用のブイがあり、先客はそれにヨットをつないでいたのです。そのブイを、[青海]も一緒に使わせてもらうことになりました。
遊びに来いというので、早速キャビンを訪ねると、どうやら彼のガールフレンドも乗っています。彼等は米国東海岸を出て、大西洋を南下し、ホーン岬からチリ多島海を北上している最中でした。
彼等は、北欧の多島海も航海したといいます。チリ多島海との違いを聞くと、「あそこはどこでも人が住んでいるが、チリ多島海は無人地帯ばかりだ」とのことでした。
翌日、彼等が出発すると、湾内には[青海]だけとなりました。そこでボートを漕いで、写真を撮りに出かけたのです。
昼間に見ると、あの濃い紫色の岩々は、茶色や黄色、ときには肌色にも見えたのです。太陽の光の加減で、不思議なほど岩々は色彩を変えていくのです。
さらに遠くまで漕ぎました。左の岩山の下に[青海]が白く小さく見えています。こんなだだっ広い景色の中、人間は自分一人きりなのです。
湾内の岸辺は急峻で、上陸できる地点は限られているようでしたが、ボートを岩の上に引き上げて、山の斜面を登ってみました。
それは奇妙で不思議な体験でした。岩の転がる荒涼とした地面を歩くのは、まるで未知の惑星に来たようでもあり、所々に大きな岩が、まるで誰かが置いたように載っているのです。
頂上付近から、湾内の水面を見下ろしました。なんという景色でしょう。なんという凄まじい眺めなのでしょう。これほどの景色の中、自分一人だけが存在することが、まるで夢の中にいるようで、信じられない気持ちでした。
↑ 上のスクロールバーを左右に動かしてご覧下さい。
もちろん、ぼくは分かっていました。これまで嵐や暗礁をいやというほど体験しながら、何か月もかけてチリ多島海を航海したからこそ、この素晴らしさと物凄さを実感できるのだと。
up↑
トップページのメニューへ
Copyright(C) 2009-2024 Y.Kataoka
All rights reserved.