月刊<舵>2010年11月号より。
今回は、チリ多島海最大で最北の町、プエルトモントのお話です。
最大の町と言いましたが、どれほど大きい町か見てみましょう。
上の図は、チリ多島海に点在する人口一万以上の市の全てと、比較的有名な二か所の集落について、人口を調べたものです。十万以上の都市は、多島海最北端の
①Puerto Montt(プエルトモント)、そしてマゼラン海峡の ⑨Punta Arenas(プンタアレナス)だけと分かります。
長さ1800キロも続く多島海の中で、Cityはたったこれだけです。日本の本州にも匹敵する地域に、たったこれだけです。しかも、人口は多島海北部の町々と、マゼラン海峡の一点、プンタアレナスに集中しています。そして残りの場所のほとんどは、延々と無人地帯が続いているのです。
彼らは港の前に錨を降ろし、潮が引くのを待ちます。この地では干満の差が大きく、水面が5~7mも上下する日が多いため、干潮時に船は海底に乗り上げます。すると陸から馬車が来て、船に横付けし、荷物を積み降ろしするというわけです。なかには、バックでつける馬車もあります。馬車がバックするなんて、初めて見ました。もっとも、馬はかなり嫌がっているようでしたが。上の写真、左端に馬と黄色い馬車が写っていますね。
この町の、もう一つの名物は、豊富な貝です。市場には、チョリト(ムール貝)、アルメハ(ハマグリ)、ロコ(アワビの仲間)、巨大なフジツボ、ホヤのような不気味なものも並んでいます。ムール貝は1kg約40円、ハマグリは1kg約60円、アワビの仲間のロコ貝は一個が約40円でした。ロコ貝を注文すると、店員は貝をむいてタイヤのチューブの中に入れ、床に思いっきり何度もたたきつけます。こうすると貝が柔らかくなるのでしょう。刺身にしたり、圧力鍋で蒸したりして、毎日のように食べました。また、初めは気持ち悪かったピコロコ(にぎりこぶしほどの大きなフジツボ)は、思いきって口に入れると、カニとホタテを混ぜたような素敵な味で驚きました。
プエルトモントには、小さなヨットクラブがありました。といっても、当時は何も設備がなく、一隻のヨットがアンカーを打って停泊しているだけでした。また、前述したように、ここは潮の干満の差が大きな町ですから、満潮のとき、つっかえ棒をしておけば、上の写真のように干潮を利用して船底の掃除や塗装ができるのです。右がヨットクラブ唯一の小型ケッチ、左はたまたまプエルトモントを訪れていた3人乗り組みの42ft英国艇で、これから<青海>と同様、多島海を南下するところです。この先、一緒に航海できればよいのですが、ヨットのサイズが大きく異なるため、当然、速度が違います。また彼らは3人ですから、疲れれば交代できますが、<青海>は一人ですから、体力が尽きれば休息しなくてはなりません。つまり、一緒に行動することはできないのです。
(現在では、チリ多島海を訪れるヨットも増え、3つのマリーナが営業しているそうです。電気、水道、燃料補給も可能なようです。)
プエルトモントは、とても面白い町なので、多島海航海の出発準備をしながら、二週間も長居をしてしまいました。というより、実は出発したくなかったのかもしれません。これからホーン岬まで続く数か月の航海、点在する暗礁、ウィリウォウと呼ばれる列強風、延々と続く無人地帯、それらを考えると、町を出たくなかったのかもしれません。
とはいえ、これから体験する地の果ての秘境、その想像を絶する景色を思い、胸がワクワクしたのも事実です。そのために、これまで念入りな準備と努力を重ね、寄港地でアルバイトをしながら資金を稼ぎ、チリ多島海まで来たのですから。
この先、、どんな思いもよらない光景が、目の前に出現するのでしょう。胸が踊る一方で、待ちかまえている強風や暗礁や潮流のことを考え、とても不安な気持ちになりました。
多島海の航海は、まだほんの始まったばかりです。