月刊<舵>2011年4月号より。
ウィリウォウの体験です。
ところで、ウィリウォウって何でしょう?
語源は明確でないらしいのですが、マゼラン海峡付近やアラスカ、アリューシャン地方に吹く突風性の強風を意味しているようです。
上図のように、高い山々の雪や氷河で冷やされ、重くなった空気が、斜面を駆け下りながら重力によって加速され、海に吹き降ろす、これが成因であるとも言われます。
また、標高の大きな島々が無数に並ぶチリ多島海では、以下のようなことも容易に想像できます。
図のように石を並べ、左から右に向けて水を流してみましょう。一番左の部分では、ゆっくりとした水流も、図の中央付近、白い石と赤い石の間を流れるときは、狭くなった分だけ勢いを強め、速度が増すに違いありません。さらに流れて、黒い石と灰色の石の間の狭いすきまを通るときは、吹き出すほどの勢いになるでしょう。
この石と水流の関係が、多島海の島々と風にも当てはまります。そのため、多島海の島々の間を吹く風は、外海を吹く風よりも強い場合が少なくなく、ヨットにとってしばしば脅威となります。
猛烈な風が吹く理由は、他にも色々と考えられますが、ここで実際にチリ多島海地方を吹く風の強さを見てみましょう。
これは手持ちの資料(Sailing Directions for South America 2 by DMA)をもとに作成したもので、チリ多島海の2カ所に於ける月別暴風日数(風力8以上)を表示しています。熱帯低気圧と台風の境目が、風力8(17.2m/s)ですから、風力8がどれほど強いか分かります。
たとえば上図の左側、緑丸の地点を見てみましょう。一月には風力8以上の日が8日もあると分かります。4日のうち1日は台風並の風が吹くということです。地球上には、こんな場所があるのですね。ヨットで走れるでしょうか?
チリ多島海に入る前、チリの首都サンチァゴや港町バルパライソで、航海情報の収集を行ったとき、ニコルと言う名のフランス人に会いました。彼女は夫とともに、チリ多島海を航海してきたと言うのです。彼女がくれたアドバイスには、次のようなものがありました。
・天気の急変が激しい。そのため、大きなセールを張ってはならない。一日に5回もストームジブに取り替えたことがある。
彼等は二人で航海したのですが、<青海>は一人だけです。これほど風の強い島々の海を、シングルハンドで無事に航海できるのでしょうか?
自信は全くありませんでした。
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想像もつかない強風の吹くチリ多島海ですが、そこで目撃した難破船の写真が、今回の舵誌に掲載されたものです。船の部分を拡大してみましょう。
ご覧のように、船首は海につっこみ、真っ赤にさびた船腹には、潮の満ち引きの跡がついています。船尾のプロペラは空中に出て、デッキの上に4階建てほどのブリッジと煙突があります。違う角度からの写真も見てみましょう。
いったい、どうして横倒しになったのでしょう。風の力で、横倒しになったのでしょうか。強風に流されて座礁し、浸水してバランスを崩したのでしょうか?
これは、チリ海軍発行の海図です。赤丸をつけた場所に沈船の印がついているのがわかります。点線が通常の船舶航路です。そこから沈船までは、1キロほども離れています。
なぜ、コースを外れたこんな場所にいるのでしょう? コースを間違えたのでしょうか。それとも、強風に吹き流れて、コースを外れて座礁したのでしょうか?
これは沈船の百数十キロ北、Mayneという名の入り江です。左中央付近に停泊した<青海>から、ボートをこいで陸に上がりました。強風の日が多いせいか、ふもとを除いて山には木がありません。紫色に見える岩肌が、風と雨に浸食されて不気味な光景を見せています。
あたりは完全な無人地帯で、300kmほど北のプエルト・エデン(航海記・
物々交換の村)、そして航路で200kmほど離れた南東のプエルト・ナタレスまで、人の住む場所はありません。
この寂しい荒涼とした島々の海を、想像を超える強風が通り過ぎていきます。そんな場所をヨットでは走るには、確実な停泊技術が必要です。もし一つの間違いでもすれば、あの難破船のようになるかもしれません。
でも、アンカーはどう打つのか? 打つ最適な場所は? 望ましい海底の条件とは? どんな錨がよいのか? 陸からロープをとるのはどうなのか?
チリ多島海に入る前、何冊も本を読んで勉強したのですが、強風の中を数か月も航海し、ウィリウォウの中で何度も停泊を繰り返すうちに、より多くのことを学び、技術を磨くことができました。以前に本で学んだことには、迷信のようなもの、全く現実的でない机上の空論が多いことも分かりました。
それらの技術的な内容は、また別の機会にお伝えしましょう。