月刊<舵>2011年5月号より。
マゼラン海峡の航海です。
マゼラン海峡は南米の南端部、パタゴニア地方を東西に横切り、太平洋と大西洋をつないでいます。そこから南はすべて島々で、ホーン岬(ホーン島)まで続きます。
赤線が<青海>のコースです。ホーン岬を目指し、チリ多島海を数か月も下ってきた<青海>は、ついにマゼラン海峡に達しました。
しかし、第5話でもお話したように、そこは烈風の海峡でした。島々の間を抜けてマゼラン海峡に入った後、停泊地に選んだタマール島を目指して進みますが、海峡を吹く烈風の立てる波と、太平洋からのうねりが混ざり合い、海面はとても混乱した状態でした。
舵誌の本文で述べたように、<青海>は波をかぶり続け、あたかも潜水艦に乗って水面直下を進んでいるようでした。
しかも、タマール島の停泊地に行くには、岩々の並ぶ危険地帯を通り抜けなくてはなりません。
でも、安全のため、そこには航路標識があるというのです。航路標識って何でしょう?
これらの写真は、<青海>が航海中に撮影したものです。航路標識には、灯台、ブイ、電波灯台等、色々と種類がありますが、今回の話に出てくる航路標識は、岩の上に立てられたコンクリート製の柱のようなものです。
<青海>が目指していたタマール島の停泊地は、入口が分かりにくく、一歩間違えば危険な岩々の間に迷い込んでしまいます。でも、入口の岩の上には航路標識があると、海図にも水路誌にも書いてあったのです。それを目印に進めば、問題なく進めるはずでした。
ところが、全く予想外の事態になったのです。
*
以下はタマール島付近の海図(チリ海軍発行1105)から引用したものです。右の図上、"I. TAMAR" と書いてあるのがタマール島です。直径数キロの島ですが、等高線から険しい山であると分かります。
目指す停泊予定地は赤丸で囲んだ場所ですが、そこに達するためには、岩々が点在する危険な入口を通らねばなりません。入口部分を左に拡大してあります。
図上の数字は水深、青い部分は浅瀬、粒々に見えるのは岩々、海草はそれらしいマークで記載されています。
<青海>は図の上のほうから、赤丸で記した停泊地に向けて進んでいきます。海図上の赤線がそのコースです。
しかし、ご覧のように岩々が点在しており、しかもそれらの岩々は波間に隠れて見えないかもしれないのです。
一歩間違えば、船底が岩に衝突するかもしれません。
そこで、チリ海軍は航路標識を設置しました。下の図は、入口付近をさらに拡大したものですが、緑矢印の先、岩の上に何かそれらしい形が書いてあります。これを目印に進み、その横を通れば、無事に通過できるというわけです。
しかし、それがなかった。消えていたのです。おそらく波と風で破壊されたのでしょう。まだGPSのない時代でしたので、周囲の地形や海面の波のわずかな変化から、岩々や自分の位置を的確に判断して進む必要がありました。それはとても難しく、怖い体験だったのです。
さて、岩々の間をどうにか無事にすり抜けて、停泊場所にやっと着いたのですが、そこは荒々しい岩壁のそそり立つ、想像をはるかに超えた場所でした。
その光景は、とても写真や文で伝えることはできません。人間を超えた偉大なものの存在とパワーが、ひしひしと伝わってくるようでした。岩や岩壁が、昔から信仰の対象とされてきたことも、なるほどと納得できたのです。
その岩壁の一か所に、雲の穴を通った太陽のスポットライトが当たりました。すると、その部分だけが信じられないほど金色に輝き、光は刻々と岩の上を移動していくのです。
この写真は、同じ停泊地で撮ったものです。<青海>の位置は同一ですが、カメラの向きはほぼ180度違っています。手前の海面所々に見えるゴミのようなものは、ケルプと呼ばれる大型海草で、スクリューにからみついたり、錨を利かなくしたりするので警戒が必要です。
右の山々が不気味な赤色ですね。これも太陽光が部分的に当たっているためです。時により、場所により、岩々は金色に光る時もあれば、ピンクに輝く時もあったのです。
チリ多島海を下る途中、このような光景をいったい何度目撃したことでしょう。不思議の国か魔法の国に迷い込んだ気持ちになりました。目の前で起きていることが、とても現実とは信じられない心地だったのです。
それらの体験を、写真や文章でお伝えするのはとても無理と知っています。それでも、ともかくお伝えせずにはいられないのです。