-- これは実話です --
マストがない!
エピソードの詳細は、航海記「光の国へ」を御覧下さい。
解説
月刊<舵>2012年2月号より。
転覆直後の状況です。
南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを離れた<青海>は、南極大陸を目指して前進を続けますが、南大西洋の荒波で転覆し、マストを失います。
下の図に示すように、南緯40度を過ぎた海はRoaring Forties(咆える40度)、50度を越える海はFurious Fifties(怒りの50度)、60度を越えるとScreaming Sixties(悲鳴の60度)とも呼ばれ、昔から船乗りに恐れられていたと言います。
実際、南大西洋という海は、並大抵の海ではありません。比較のため、まずは太平洋の嵐の頻度を見てみましょう。
下の図は、気象海図(パイロットチャート)からの引用で、太平洋の夏(7月)のものです。赤い数字が嵐のパーセンテージを示しています。(緯度と経度それぞれ5度のマス目における風力8以上の確率)
ほとんどが0ないし1%であり、日本からアメリカに向かう太平洋横断のコース上でも、嵐の確率はかなり低いことが分かります。(とはいえ、小さなヨットにとっては、風力6でも立派な嵐ではありますが)
しかし、南大西洋は、全く違う世界なのです。上の図の赤い数字は、南大西洋の夏における嵐の確率を表したものです(左が南米、右がアフリカ)。多い場所では嵐が25%、南極を目指す<青海>のコース上にも5%や7%という数字が見られます。
同じ夏なのに、北太平洋と南大西洋では、どうしてこれだけ嵐の頻度が違うのでしょう? 南半球と北半球で風の平均強度が異なる理由については、
炸裂する波頭ページの中頃以降に解説があります。ぜひ御覧下さい。
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マストを折った<青海>は、南極航海をあきらめて、最寄りの南米大陸に戻らなくてはなりませんでした。しかし、マストがなくては帆が張れず、前進できるわけがありません。もちろんエンジンはついていますが、それは入出港用のわずか3.5馬力という小さなディーゼルエンジンです。<青海>のような小さなヨットでは、積載重量も限られており、十分な燃料を積むことはできません。また、波浪の大きな大洋上では船底が大きく水中を上下するため、プロペラは効率よく働くことが出来ず、ほとんど進まないことが多いのです。
そこで工夫したのが、この写真のような応急マストです。
アルゼンチンの港、マルデルプラタに到着後、記録のために再現したものです。ブームを利用した短いマストの前後に2枚の帆を張って、一応ヨットの形になっています。
マストトップの部分を拡大してみましょう。
マストを前後左右から固定するワイヤーは前のみで、残り3本はロープを使っています。帆を上下するハリヤードもちゃんと装備されていることが分かります。応急マストにしては豪華?かなと思い、少し嬉しくなったほどです。
次の写真は、応急マストでたどり着いたマルデルプラタから、さらに400キロ離れたアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまで、<青海>を陸送したときのものです。
住み慣れ、アルバイト先もあるブエノスアイレスで、資金稼ぎをしながら<青海>の修理を行うことにしたからです。
ブエノスアイレスのヨットハーバーで地面に置いた、折れたマストの下から4分の1です。残りは海に沈みましたが、これだけは持ち帰ったのです。
南極の氷海で、氷の切れ目を探して進むため、マストの左右には上り下り用のステップを取り付けてありました。写真上で三角形に見えるものです。それらをリベットでマストに固定したのですが、その穴からマストが破損していたのです。
そこで、新しいマストは念入りに強度計算して寸法を決め、氷を見張るためのステップも、マスト強度を損ねない構造に設計しました。また、入手できるマストの材質上、やむなく下の写真1番のように二重構造にして、マストの強度を増してあります。(全長9mのうち、二重構造は最も力の加わる部分、約3.2mです。)
2番の写真は、アルゼンチンの国立工業試験場を訪ね、マストの強度試験を行った際の試験片です。上下端を引っ張り、中央部で破断しています。3番はその結果証明書、4番は<青海>に積んでいた小さなコンピューターで、マスト各部に加わる力の分布を計算したものです。マストに取り付ける各種の金具類も、十分な強度のものを設計して自作しました。
そして、一年近い修理と資金稼ぎの日々の後、ついに新しいマストを<青海>に立てると、再び南大西洋を南下して、南極大陸を目指したのです。
***マストを折る転覆事故、および再起の様子は、航海記「光の国へ」をお読みください。
このページの白い背景は、南極大陸の雪面写真から作成しました。
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