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-- これは実話です --
青白い密室で
melchior islnand's shoal
メルキョー群島内、オメガ島(長さ3.7キロ)の小湾。 <青海>が離礁した直後にゴムボートより撮影。湾の三方を囲む青白い氷壁には亀裂が入り、ときおり轟音を立てて崩れ落ちる。手前の岩場には、アザラシの群れが確認できる。(↑上のスクロールバーを動かしてご覧下さい)


**当エピソードは、こちらをご覧ください。



 解説

月刊<舵>20129月号より。



南極で座礁した話です

前回お伝えしたように、〈青海〉はメルキョー群島にある基地の廃墟を訪ねます。

melchior islands harbor

その後、安全な停泊場所を探すため、γ(ガンマ)島を離れ、η(イータ)島とω(オメガ)の間に進入していきます。

melchior islands omega harbor

測深器の表示に注意しながら、<青海>は息をこらすように進みます。なにしろ南極では十分な調査が済んでおらず、海図は当てにならない場合が少なくないからです。どこかに未発見の暗礁が潜んでいるかもしれません。

やがて、白い氷のドームに左右を挟まれた細い水路に入り、奥に向けて進んでいきます。そんな場所を走るのは、もちろん初めてですから、なにか神聖な白い場所に踏み行っていくような、とても不思議な感覚を覚えていたのです。

左右にそびえる氷のドームまでどれほど離れているのか、距離感は全くつかめません。進むにつれて周囲の景色はどんどん変化していくのですが、どれほど進んだかもよく分かりません。氷の世界で暮らしたことのない自分の感覚や直感は、全く役立たないようでした。

ほどなく、目の前に小さな湾が現れました。湾の三方は高い氷壁に囲まれ、正面の氷壁は所々で崩れかけていて危険です。とても停泊できそうにありません。

しかし、ともかく湾内の様子を調べるため、中に入ってみることにしたのです。測深器の水深表示を見ながら、ゆっくりと前進を試みます。

すると、十数メートルあった水深が、突然、2メートルを切りました。と同時に船底に衝撃を受け、<青海>は座礁したのです。

Melchior Island  wrecked

これが座礁現場の写真です。周囲は氷の壁に囲まれ、外部からは見えない密室のような状態でした。もちろん辺りに人影はなく、一番近いアメリカの有人基地までは、100キロほどの航程です。

すでに南極の夏は終わりかけ、船舶は南極を離れる季節ですから、発見されなければ一人で越冬しなくてはなりません。といって、越冬するのに必要な食料も燃料もないのです。

何とかして暗礁から抜け出さなくては、大変なことになると思いました。


では、どうすれば浅瀬を離脱できるか、簡単に説明してみましょう。

on the rock

まずは、なだらかな斜面に乗り上げた場合です。ヨットの底は上の図のような形状をしており、キールと呼ばれる重りの部分が突き出ています。

この場合、バックすれば海底からキールは外れるのですが、速度がついた状態で海底に乗り上げると惰性でさらに前方に進み、より浅い海底に乗り上げることになります。こうなると、エンジンでバックしただけでは、なかなか海底から外れません。

そこで、

  1. 他船の援助が可能であれば、引っ張ってもらう。
  2. 船尾から沖(図では右側)に錨を打ち、ウインチで錨のロープを引く。
    (この際、手漕ぎボート等が必要になります。)
  3. 泳いで引っ張る-------------------------------------------ウソです。

海底が急に浅くなり、その先の比較的平坦な場所に乗り上げた場合は、運がよければUターンできるかもしれません。
On the rock U-turn
多少前進しても浅くならないため、推進力の弱い場合が少なくないバックで離脱を試みるよりは、前進を使うほうが有利です。ドロの海底の場合は、特に有効です。
(キールが海底に着いているため、Uターンというよりはキールを中心に、その場で回転することが少なくありません)

海底が凹凸のある岩場の場合、上記の方法ではダメなことが多いでしょう。その際によく行うのはヨットを横に傾ける事です。

On the rock HEEL

右の図は船首方向から<青海>を見た状態ですが、横に傾けることにより、キールの先が上に移動し、海底から外れる可能性があります。この状態を保ったまま少しバックできれば、浅瀬を離脱できるわけです。

傾ける方法は

  1. <青海>のように小さなヨットであれば、体重を船体の片方に移動する。
    (人数が多ければ、有効な場合もある)
  2. マストの頂上からロープを張り、陸から引っ張る。
  3. 船体の数十メートル横に錨を打ち、そのロープをマストの頂上経由でデッキに下ろし、ウインチで引く。
  4. 大きな帆に風を受け、走行時のように船体を傾ける。

等々があります。(他に良い方法を御存知の方は、掲示板に書いてくださいね。)

とはいえ、色々と試行錯誤を繰り返しても、結局のところ<青海>は浅瀬を離脱出来ませんでした。やはり越冬を覚悟しなくてはならないのでしょうか?

しかし、実に幸運でした。しだいに潮が満ちて海面が上がり、船体が持ち上げられ、<青海>は浅瀬を何事もなく離脱することが出来たのです。

ただ黙って待っていればよかったのです。ああでもない、こうでもないと、いろいろ工夫しながら急いで浅瀬を出ようとしていた自分の行為を、自然から笑われたような、海の見えないパワーを実感したような、不思議な気持ちになったのかもしれません。


このページの白い背景は、南極大陸の雪面写真から作成しました。

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