月刊<舵>2012年7月号より。
前回の「白い幻影」で強い潮流を脱した<青海>は、メルキョー群島を目指して南極の島々の間を進んで行きます。
空には低い雲が暗く垂れ込めていました。しかし、雲の底と海面に挟まれた狭いスリット状の空間に、光の帯が輝いていたのです。
それはとても不思議な光景でした。島々のふもとの部分だけが横長に姿を見せ、光っているのは分かります。でも、あの光はどこから来るのでしょう? 厚い雲にさえぎられ、太陽の直射は届かないはずなのに、まぶしいほど金色に光っているのです。
南極を離れて数年後、やっとその理由に気がつきました。
氷に包まれた山肌の温度が気温より低い場合、辺りの空気は冷やされて下降気流が起きるはずです。するとその上空では高気圧と同様に雲が消え、太陽が差し込んでいるのではないでしょうか。海上は厚い雲に覆われていても、氷に包まれた陸地では空が晴れ、太陽が輝いているのかもしれません
そろそろ夕暮れが迫っていました。でも、なんとか日没までにはメルキョー群島に着ける、いや、何としても着こうと思っていたのです。
<青海>の針路の右手には、ドーム状氷山のような物が見えましたが、それは背景のアンバース島と重なって見え、もしかするとアンバース島から突き出す半島かもしれないと思いました。
以前、「火の島」でもお伝えしましたが、南極では空気の透明度があまりに高く、遠近感を失う場合が少なくありません。そして実際、この時もそうだったのです。メルキョー群島まで数キロほどなのに、それらを15キロも離れたアンバース島の半島か付随する氷山と勘違いしていたのです。
<青海>は目の前にあるメルキョー群島を認識できないまま、前進を続けて行きます(B地点)。やがて失敗に気づくのですが、そのときはもう手遅れでした。すでに日は落ち、空は暗みを帯びていたのです。
ついに最悪の事態になりました。夜間、島々の間に進入するのは、どんな危険が待っているか分からず、無謀な行為に違いありません。といって、朝を待つのも簡単ではありません。デセプション島を出発してから徹夜の航海だったため、もう一晩の徹夜をする自信はありませんでした。
付近の海底は水深400mほどもあり、錨を打って停泊はできません。停泊しないまま<青海>の中で寝てしまえば、やがて流されて陸に衝突するかもしれません。
事態は絶望的に思えたのです。
*