目指す安全な停泊地、デセプション島内部の入江は、火山灰に埋もれて消失したのか。
過去300年間、少なくとも7回の噴火が知られているという。8度目の噴火が最近起きて、地形が大きく変化したのか。
リング状の島の最奥部、白い海岸線に突き当たるまで進んでも、目指す入江は現れない。日没前に安全な停泊地に着かないと……。一瞬、絶望感に襲われたが、思い直して船首を横に向け、リング内部の海岸線沿いに進み、地形を念入りに調べることにした。
島の中に入って1時間半後、〈青海〉を取り巻く雪景色のスクリーンに、縦の裂け目が現れた。 舵を切って船首を向けていく。すると純白のスクリーンが、急に裂け目の線から左右に開き、鮮やかな手品のように目標の入江が出現した。
入江の奥に進むと、測深器で海底の地形を調べて錨を打つ。北東から吹くという強風に備え、念のために岸まで長いロープも張り渡す。
今夜は30日ぶりに、揺れないベッドで熟睡できる。ブエノスアイレスから続いた3,000キロの苦しい旅は終わり、〈青海〉はついに南極の入り口に着いたのだ。
翌朝、窓から太陽が差し込んで、黄色い光が船室の隅々まで充満すると、ぼくはバネのように跳ね起きて、一面に霜が凍りついた二重窓を、爪先でキューッと引っかいた。白一色の画面に青い線。外は快晴の青空だ。黄色いゴムボートに飛び乗って、朝の光の中に漕ぎだした。
数分で岸に着くと、噴石と火山礫で埋まった黒い浜にボートを引き上げて、白銀に輝くリングの斜面を登りだす。固い万年雪の上に積もった新雪のまぶしいカーペットに、ゴム長靴の跡が点々と付いていく。
辺りには、そよりと吹く風も、音もない。輝く太陽の光だけが、暗いほどに濃い青空と、真っ白い雪面の間に満ちている。止まった時間の中、空中に浮かぶ光の粒子の間を、自分だけが動くようにも錯覚した。
山の中腹に立ち上がると、南極の澄んだ空気を通し、直径約15キロのデセプション島が、光るリング状に見渡せた。
1921年、島の入り口付近では、火山熱で海水が沸騰し、停泊中の捕鯨船の底から全てのペンキをはいだという。だが、今は人の気配の全くない山と海と空だけが、時間の止まった静かな絵のように見えている。
岸辺に戻り、背中のバッグから軍用折り畳みシャベルを取り出すと、足元の黒い火山灰を掘ってみた。すると現れたのは白い雪、さらに深く掘ると黒い層、その下から再び雪が現れた。小規模な噴火を繰り返しているのだろう。
軽石のような火山礫を記念に拾い、ボートで〈青海〉に引き返した。デッキから岸を眺めると、ペンギンが3匹、雪の斜面をヨチヨチ歩きで登っている。ぼくは何度も「オーイ」と声を掛けてみた。そのたびに、辺りをキョロキョロ見回す彼らのしぐさが、かわいらしくてたまらない。
1967年11月に島が噴火したとき、滞在中の科学者が異変に気づく2日も前から、ペンギンたちは巣と卵を捨て、海へ逃げ去ったという。
今のところ噴火の危険はないだろう。彼らはまだ平気のようだから。
その夜遅く、ふと船室で目覚めると、犬が鼻で鳴くような奇妙な声が、闇の中に響いていた。
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